オフィスビルが電力会社を見放す日(前半) ガス発電と自然エネルギーの融合

エネルギー問題




これからわれわれを待ち受けているのは、1・電気料金の値上げ、2・夏場の節電(場所によっては停電)、3・FITの始動、の三つである。どれも電力の自殺行為だ。後世、「思えばこれが旧電力の終わりの始まりだった」などと語られることになるかもしれない。実際、無能な政府と横暴な電力会社に対する人心の離反は、この夏で一気に加速するだろう。そして、それは消費者の電源自立という「無言の抵抗運動」へと繋がっていく。

まさに『その時、歴史が動いた』である。いや、冗談ではなく、本当に動いている。

今、製造業大手が次々とガス式の自家発電機を導入し始めている。停電すればラインにある作りかけの製品はたいてい不良品になってしまう。食品関係などは“死亡”だ。莫大な損害である。予定の生産量や納期もあるので、生産調節や減産を余儀なくされる計画停電ですら大迷惑だ。対応策として、今や電力と熱の両方を利用する自家用コージェネレーションを導入すれば、買電よりもむしろ経済的なくらいなので、保険の意味も含めれば企業として当然の選択であろう。

一方、電源自立を公然と謳い文句にする、太陽光・風力と蓄電池を組み合わせた住宅用システムも売りに出され始めた。この三つの装置は年々安くなっている。JX日鉱日石などは、15年度に海外で50万円の家庭用燃料電池システムを発売するという。この値段だと十年程度のランニングで減価償却が可能ではないか。現在、燃料電池のエネファームは、あくまで熱供給が主体であり、そのついでに家庭の電力の約6~7割が賄えてしまう、というコンセプトにすぎない。電源自立に関しては、技術的に可能にもかかわらず、最初から足枷がはめられているのだ。ところが、震災を機に「停電の時に使えなければ、意味がないではないか」という批判が強まり、防災の観点からも見直しの機運が強まった。そのせいか、今年からは発電主体タイプも登場した。もはや、家庭用燃料電池が電源自立も視野に入れた自家発と化していくのは、時間の問題である。

これらの現象の根底にあるのは、「もう政府や電力会社に頼ってられない」というユーザーの意識だが、自家発電の技術が急速に進歩してきた事実とも無関係ではない。

太陽光・風力・ガス…基本的にこの三つさえあれば、今では下はウサギ小屋に住む単身者から、上はトヨタの巨大工場まで電源自立が可能である。この三つのエネルギーに共通するのは、需要家のいる場所で採取可能であることだ(*むろんガスの場合、ガス管との接続が条件であることは言うまでもない)。しかも、操作性と継続性のあるガス発電機の存在が、天候まかせの太陽光や風力の欠点をうまくカバーし、後者の思い切った導入を保証する格好になっている。この「ガスと自然エネルギー」というコンビは、ほんの十数年前までエネルギー専門家の大半も予見していなかったと思う。それぞれ異なるエネルギー源ということは、組み合わせが可能であるばかりでなく、それによって自家発に伴うリスクを分散する効果もある。しかも、複雑な制御も、ITの発達で容易化した。

このように、ほんの少し前まで、自家発のハードルが高く、主に化石燃料や燃焼性の廃棄物を扱ってきた企業に限られてきたが、今ではどんな需要家であっても技術的には可能になった。問題は今や「経済的かどうか」だ。経済性でいえば、未だグレーゾーンか、小遣い程度のペイでしかない。だが、それでも需要家の見切り発車が相次いでいる。この上、経済性がはっきりと逆転すれば、需要家のテイクオフが本格化するのは間違いない。

もっとも、多くの人は、一般的な知識として、住宅や工場の電源自立なら、さほど難しくない事実を知っている。問題はむしろビルやマンションなどである。「この種の施設が電源自立するのは難しいのではないか?」と、依然として人々はそう思っているはずである。

本当にそうだろうか。この点に焦点を当ててみたい。



実は電源自立の準備が半ば整っているビル

『エネルギー白書』では、業務部門は、事務所・ビル、デパート、卸小売業、飲食店、学校、ホテル・旅館、病院、劇場・娯楽場、その他のサービス(福祉施設等)の9業種に大きく分類されている。実は、こういった「業務施設」の大半は、すでに非常用の自家発電機を備えている。その理由は消防法や建築基準法が定めているからだ。

たとえば、消防法では、映画館なら500㎡以上、飲食店・百貨店・ホテル・病院・学校ならば700㎡以上、工場・倉庫・オフィスなら1千㎡以上の施設に対して、「屋内消火栓設備」の設置を義務付けている。これは要するに「消防用ホース」だ。しかも、各階のホースから一斉に放水を行っても、「130リットル毎分以上」の放水量性能を要求。これだけの加圧送水をするためには、どうしても数十kWクラスのポンプが必要であり、又それを動かすための電源がいる。しかも、火災の際は商用電源との連系が断たれる可能性があるので、自家用電源でなければならない。だから、同法では、「屋内消火栓設備には、非常電源を附置すること」と定められているのだ。同じことは、火災時に働くスプリンクラー設備や排煙設備にも当てはまる。

また、建築基準法においても、防災設備に対して一定時間、電力供給できる予備電源の設置が定められている。これらの要件をすべて満たすものとして、業務施設には非常用の自家発があらかじめビルトインされ、屋内の各低圧電灯・動力盤に対して200Ⅴの電気を一定時間、供給できるようになっているのだ。

以上のような理由から、いい悪いは別として、日本中の建物という建物に自家発が存在する状況になってしまっている。起動性やメンテなどの理由から、その大半はディーゼル発電機だ。中規模ビルなら、縁日や道路工事で目にする発電機とは違い、乗用車くらいの容積がある。2時間分の軽油や重油の設置が基準だ。ちなみに、これを指して「自家発だから埋蔵電力だ」などと狂喜している人がいるようだが、設計からして常用向きではなく、長期間運転の保障はない。液体燃料も、使い切ったら、手作業の給油が必要だ。

しかし、本当に「埋蔵電力」というか、「常用電源」にする方法はある。デンと据えてあるディーゼル発電機を取り外し、代わりに常用ガス発電機を入れて、回路を手直しすればよいのである。つまり、「非常用の常用化」だ。実は、これで電源自立が可能なのだ。

もともとビルにとって、この非常用自家発は「死に投資」化している。というのも、停電がなくなったので、定期点検時の運転だけで生涯を終えるからだ。消火器で対応できないビル火災なども、全国で年に一度あるかないかだ。よって、都内にもっとも多い延床面積1万㎡クラスのビルならば、事実上、数千万円をドブに捨てているようなものだ。

ゆえに、経済的にもっとも賢いのは、六本木ヒルズのように、最初から非常用兼用として常用機の導入に踏み切ることである。ヒルズの設備は、ガスタービンのコージェネレーションだ。これはガスの燃焼によってタービンを回して発電したあと、その高温排熱を冷温水製造に投入し、ヒルズ各棟の冷暖房に利用する方式である。暖房はともかく、ガス焚きで冷房をするのは変に思えるかもしれないが、これは吸収式といい、冷媒の気化熱を利用するものだ。ビルの中でもっともエネルギー消費量の大きいのがこの熱源(冷暖房)部分なので、このような排熱利用によってかなりの光熱費を浮かす効果がある。

おそらく、六本木ヒルズのワーカーや居住者、来訪者たちは、電気が自家発によって賄われている事実など、意識すらしていないはずだ。それくらい、ガスタービンの台数出力制御によって、完璧に電力需給が同期されている。もちろん、一応はレジデンス部分にも供給を行う「発電事業者」なので、当然といえば言えるのだが、昨年はそのフル出力を見込んだ東電からも供給を請われたそうだから、都心のビルでの電源自立の成功例といえよう(*厳密には、同ビルはバックアップのために東電と契約し、連系している)。

以上のようなシステムでエネルギーの総合的な利用効率を上げるほどに、毎月の光熱費は買電よりも確実に安くなる。建設計画中か、又は築数十年経って建設費の償却が終わり、次の数十年に向けた設備更新期に入ったビルならば、導入に踏み切れるだろう。

ただし、それ以外のビルには、なかなか食指が動かしにくい。問題はランニングコストの差額でもって設備投資が何年で回収できるかである。事業者は常にこの視点で判断する。1万㎡クラスのビルならば、年間電気代は3~4千万円だ。六本木ヒルズの例からすると、浮かせられる光熱費はせいぜい1~2割前後である。一方、システム全体で確実に1億円以上の投資になる。ということは、償却に数十年はかかる。やはり、今のところは、建設計画中か、設備更新期でもない限り、ビルの電源自立は経済的なメリットが小さい。

もっとも、変数要素として、電気代、ガス代、それらの基礎となる燃料輸入費、ガス発電機の値段と発電効率の改善、などなどがある。今後、電気代は上がるが、ロシアからパイプラインを敷けば、ガス代は安くなる。また、常用自家発システムの総合効率も上がっていくだろう。よって、中長期的には、電源自立のメリットが強まっていくのは確かだ。政府・電力会社の無能次第では相対的な経済性の改善も進み、ある時点で一気に自家発システムの即時導入がメリット化する可能性もある。その時は、案外早いかもしれない。

ちなみに、「このような小口発電が増えるのは非効率であり、国のガス輸入量が増えてしまう」とか、「大きな発電所で一括してガス発電を行い、個々に電力を供給したほうが効率的である」というふうに懸念する人もいるかもしれない。だが、それは錯覚だ。要は、電力会社の火力がガスを燃やすか、個々のビルが燃やすかの違いである。都市ガスは微量の成分調整をしているので、厳密には一次エネルギーではなく、「ガス製品」という二次扱いになるが、実体としては一次エネに近い。つまり、火力の燃料使用分が個々のビルに移転される形にすぎない。

よって、国内的には変化なし、というか、実は「かえって省エネになる」というのが真実だ。なぜなら、原発事故前の火力はLNG約4千万トンを燃やして3千億kWhを発電していたが、その平均効率は約4割にすぎない。対して、ビルがその燃料を“横取り”して4割以上の効率で利用し始めたらどうなるか。今では単純なガスエンジンの発電効率ですら4割に届くほどなので、コージェネ化すればその倍の利用効率にもっていける。よって、現実には小口発電が増えるほど、国としてのガスの使用量も減り、輸入費も減っていくのだ。

「新たな自家発」が始まる

もっとも、六本木ヒルズの設備は、すでに十年前のものである。今やガスタービンやディーゼルエンジンのコージェネだけでは、技術的な「物足りなさ感」がぬぐえない。今言ったように、トレンドは「ガスと自然エネルギー」のコンビなのだ。この流れでいえば、当然、太陽光発電の導入という話になってくる。

ただ、それは単純なパネルの屋根置きではなく、壁材と窓ガラスでも発電する“ビルのメガソーラー化”という形になるだろう。それと従来型の自家発が融合した「新たな自家発」が、ビルを筆頭に業務部門全体で始まり、従来の系統電力を追い詰めていく…。

次回はこの「来たるべき未来」と、それによって起きるエネルギー・システムの変革について、私なりの予測を具体的に述べてみたい。

2012年05月07日「アゴラ」掲載

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