ポールシフトと新ノアの洪水 世界は始まりと終わりを繰り返す

予言・予知




人間は余計なことを知らないほうが幸せなこともある。

それをご承知の上でご覧ください。

 

前回、出口王仁三郎の「ノアの洪水は決して太古の事柄ばかりではない、今眼の前にノアの立替えが出てきておるのである。」

という予言を紹介しました。

つまり、ノアの洪水のような出来事がまた起きると、言っているわけです。

一方、ノアに、洪水が来ることを警告した大天使ウリエルは、(おそらく)その1万年後、ユダヤの預言者エズラのところにも現れて、次の終末の到来を警告しました。

ウリエルは、その時には「大地の基(もとい)」が、揺れ動く、震える、変わる、というふうに表現しています。

そして、エズラに「鳴り渡る声を聞け」と言いました。

エズラが聞いたのは「大水の響き」でした。大地が根本から動いて大水の響きがする、というのは、どういう状況なのか。

これはやはり、大津波の襲来を示唆している。

つまり、ウリエルもまた、終末にはノアの洪水級の出来事が起きると、警告しているわけです。私個人は「ポールシフトとそれによって引き起こされる大津波」ではないかと想像しています。

ただ津波といっても、想像を絶する高さでしょうね。



「今度の終末もノアの時と同じ」と言うイエスの預言

エズラから500年あとのイエスも同様なんですね。

終わりの時には「ノアの洪水時の状況が繰り替えされる」というニュアンスの予言をしています。ちょっと読んでみます。

「そのとき、ユダヤにいる人々は山に逃げなさい。屋上にいる者は、家にある物を取り出そうとして下に降りてはならない。畑にいる者は、上着を取りに帰ってはならない。」

「そのときには、世界の初めから今までなく、今後も決してないほどの大きな苦難が来るからである。神がその期間を縮めてくださらなければ、だれ一人救われない。しかし、神は選ばれた人たちのために、その期間を縮めてくださるであろう。」

「人の子が来るのは、ノアの時と同じだからである。洪水になる前は、ノアが箱舟に入るその日まで、人々は食べたり飲んだり、めとったり嫁いだりしていた。そして、洪水が襲って来て一人残らずさらうまで、何も気がつかなかった。人の子が来る場合も、このようである。」『マタイによる福音書24章』

 

というように、イエスは「山に逃げろ」と言っています。

「屋上にいる者は下に降りるな」と。こういうアドバイスは、津波が来ると想定したら、筋が通ります。

物理的な現象だから、対策も具体的な避難行動になるんですね。

「人の子」というのはイエス自身のことで、「人の子が来る」というのは「再臨」を指しているんですが、その時は「ノアの時と同じ」とまで言い切っています。

ノアの時代は、人々がごく普通に暮らしていたら、終末が突然やって来たんですね。

今度の終末の時も同じですよ、と言っているわけです。

これは、前回取り上げた出口王仁三郎の予言も、そっくりなんですね。

「神の選良となった人民には、最終の日の来ることは数日前に知らされるなれど、普通人の眼から見れば、日は平日の如き輝き(略)、士農工商は平素の如くに働き、或いは永久(とこしえ)に天下泰平(以下略)」

というように、直前まで世の中は平穏であると予言しています。

世界の破滅は、ある日突然やって来るんですね。

まあ、もしかして王仁三郎はイエスの預言をヒントにしたのかもしれませんけどね。

なお、この「イエス預言」は、私の本でも、メインテーマとして取り上げています。

トーラス模型で読み解く「ノアとナオは始まりと終わり」

もちろん、今度の終末は、ノアの時と完全に同じではなくて、要するに「似たことが繰り返される」と言っているわけですね。

大きな視点で見ると、人類の文明もサイクルに沿っています。

サイクルは必ず「始まりと終わり」があるんですが、終わりがまた次の始まりに直結している。ただし、同じことを繰り返すのではなく、一サイクルを終えると、段階が一つ上昇します。一つ上の世界へと進化するんですね。

大きな視点で見ると、螺旋を描きながら進歩している。

で、王仁三郎はやたらと「ノアとナオ」を対比させて、言霊的にノアとナオを対極に位置付けていますけど、どうやらこれも「始まりと終わり」を指しているようです。

ノアは預言者でしたが、出口ナオもまた預言者でした。

そして、今の世界はノアで始まって、ナオで終わると明言しています。

ナオは今から約百年前に亡くなっていますが、宇宙的に見れば、その程度はプロセスの些細な「アソビ」ですね。

どうも「ノアとナオ」の対比には、そういった暗示が込められているようです。

大本神諭と日月神示でいう、立替え(破壊)と立て直し(創造)も同じことですね。破壊は「終わり」、創造は「始まり」を意味しています。

旧世界が終わると同時に、新世界が始まる。あるポイントを経過すると、何もかも一挙に新しくなるわけで、それを「三千世界一度に開く梅の花」というように、冬に咲く梅の花に例えているんでしょうね。

「梅で開いて松で治める」と神諭にありますが、松というのは常緑樹ですから、これは「新しい世は冬がないのだ、ずっと緑が続くのだ」という意味だと思います。

これはいつか動画にしますが、以上のサイクルは、二次元ではただの「円」として表現されますが、三次元の立体で表現すると「トーラス」という形になります。

渦を巻いていて、中心のゼロポイントで、反対の向きに切り替わるんですね。

実は、電子から銀河系まで、本当はトーラス形という説があります。

私は磁石の磁力線も本当はこんなふうに渦を巻いていると想像していますが、ただ渦が早すぎて観測が難しいようです。

このトーラスは、始まりと終わり、プラスとマイナス、陰と陽、ブラックホールとホワイトホールなどの「両極」の相互作用をうまく説明できる模式図でもあります。

王仁三郎は「ノアの言霊はナと反るなり、またナオの言霊はノと反る」と言っていますが、トーラスを見れば「反る」の意味が一目瞭然だと思います。

トーラスでは、一方から出たものは、後ろに反りかえって、出た方向とは反対側に吸い込まれていきます。プラスから出たものはマイナスへと帰っていく。

ノアという言霊は、ナオへと帰っていく。

インド・ヴェーダ哲学でいう宇宙の原初音「オーム(AUM)」と、その日本風表現の「あ・うん」も同じ原理を表しています。A(あ)で発せられた言霊は、反りかえってM(うん)として戻ってきます。大きくはトーラス曲線を描くわけです。

聖書でも、最後の「ヨハネの黙示録」のところで、「わたしはアルファであり、オメガである。最初の者にして、最後の者。初めであり、終わりである」という記述があります。

これは世界のサイクルを示していますが、それ以上に「宇宙の原理」を表していて、それを図式化するとトーラスになるんですね。

だから「トーラス」は、神そのもの、宇宙の創造そのものを意味していると思います。

何が起きるのか? 「山に逃げなさい」の真意

くどくど説明しましたが、要するに、ノアの洪水の時と同じように、また終わりが来て、また新しい世界が始まりますよ、ということですね。

私の考えでは、前回の終末は1万2千年前。

巨大彗星の異常接近と地球への水の大移動、それらを原因とするポールシフト、重力異常、公転軌道の変化などが起きた。

この宇宙的災害で助かったのは、「神的領域」からの事前の警告を信じて、密閉式の頑丈な船団を建造した人々と、宇宙船で脱出した少数のグループだけ。

おそらく後者は、しばらく地球外で暮らしていたら、新しい地球環境に適応できなくなってしまったんでしょうね。人間は、激しい運動をせずに数か月ほど宇宙に滞在しただけで、自力では地表に立てなくなります。

ましてや地球の重力が増えたとすれば、無菌・無重力の環境にずっといたら、数十年で適応不可になってもおかしくありません。

では、次の終末には何が来るのかというと、これは『来るべき三つの宇宙的災害』という題名の動画で、すでに述べました。

一つ言えるのは、次の大変動は、前回よりも過酷である可能性が高いということです。

無常といえばあまりに無常ですが、旧世界の消滅なくして新世界の出現もありえないんですね。

イエスは「そのときには、世界の初めから今までなく、今後も決してないほどの大きな苦難が来る」と予言しています。

今度は、地殻の大変動や、大気の損傷なども起きて、もっと大変なようです。「ペトロの予言」はまた今度紹介しましょう。

私は、ポールシフトと、それによる超巨大津波も発生するのではないかと予想しています。だからイエスさんも「山に逃げろ」と言ってくれている。

前回「神の選良となった人民には、最終の日の来ることは数日前に知らされる」という出口王仁三郎の予言を紹介しましたが、もしかして「何々山の山頂に避難しろ」とか、テレパシーで教えてくれるのかもしれませんよ。

終末はもう近い

奇跡のリンゴ農家の木村秋則さんが見た「地球カレンダー」、つまり「空中の書版」は、エノクやモーセが見たものと同じ可能性があります。

だから氏の体験は預言者の証なんですね。

私自身は前々から、ベテルギウスの超新星爆発が起きたら、それが終末の徴であると、何度も言っています。ベテルギウスといえばオリオン座の左上の星ですね。

『麒麟がくる』の影響で明智光秀が話題になっていますが、実は出口王仁三郎が光秀の亀岡城跡を買い取って築いたのが「天恩郷」です。

王仁三郎は石垣の上に、オリオン座を象徴する「月宮殿」という石造建築を作りました。

それは聖地の中の聖地でした。

しかし、1935年の第二次大本事件の大弾圧の時に、国家権力に爆破されたんですね。

王仁三郎は予知能力があったので、当然こうなることは承知していたし、国家権力の弾圧も予想していました。

知っていて、なおかつ、やられるに任せた。

それは神意に基づいてヒナ型を演じるという意味があって、一般人の人智の及ぶところではありません。

そして、これはベテルギウスの爆発のヒナ型だろうと、私は解釈しています。

しかも、王仁三郎はだいたい100年後を見据えて行動していたフシがある。

前の文明の時も、まずエノクに警告が来て、実際に終末が来たのはノアの時代だった。

同じことが今回にも言えるのでしょう。王仁三郎に警告が来て、それが実現するのが曾孫あたりの時代(つまり現代)になるというわけです。

彼は周囲に対して「予言にばかり関心を持ちすぎるな」という意味の忠告をしていましたが、それは100年後のことだと知っていたから、という理由もあると思います。

対して、今の世代は逆に終末について語るべきです。

なぜなら、遠い未来のことではないですから。

その時「種の保存」のために動くエイリアン文明

ちなみに、本当に善良な人は、助けてくれるみたいですよ、エイリアンが。

これを大真面目に言うと、確実にキチガイ認定されるんですが、他人の目を恐れていても仕方がないので、まあ言いますけど、終末時にUFOが大群でやって来るという予言がかなりある。

何しに来るのか?

分かり易いように言えば「種の保存」なんですね。

例えとして、次の2010年のニュースが妥当かもしれません。

「伊豆諸島・鳥島で生まれたアホウドリのヒナ15羽が8日、約350キロ南東にある小笠原諸島の聟(むこ)島にヘリコプターで移送された。」

島の火山が噴火して絶滅しないようにという理由で、ヒナが移送されたんですね。

基本的にこれと同じなんですよ。アホウドリなんて普段は放置してますけど、絶滅しそうになったら、やはり私たちも介入してお節介を焼きます。

エイリアンも同じ。いかに地球人が野蛮な土人種族でも、絶滅しない程度には介入するわけですよ。

人間にとってのアホウドリ、イコール、エイリアンにとっての地球人(笑)。これが私の説です(笑)。

しかも、全員を助けるわけではない。

これはイエスの未来透視にもはっきり記されています。

「そのとき、畑に二人の男がいれば、一人は連れて行かれ、もう一人は残される。二人の女が臼をひいていれば、一人は連れて行かれ、もう一人は残される。」

これは「選別救済」を意味すると私は著書で記しました。

王仁三郎は、今度は霊的に正しい人が方舟に乗れるという予言をしていますが、まあそういうことです。正しくない人は、乗れないんです。

ところで、「教祖様を信じてお布施をすれば、終末の時にUFOに助けてもらえる」とか、そういうカルトには、絶対騙されないようにしてください。

YouTubeを見ていると、そんな「エセ霊媒師・エセコンタクティ」がたくさん湧いていて、何十万もの人々(!)が公然と騙されています!!

終末の時にはニセ救世主がたくさん現れるというのは、イエスの預言にもあります。

必要なのは、金を積むことではなく「御魂磨き」ですからね。

宗教には必ずしも入る必要はないです。そういうことを平然と約束する人間は、ただの嘘つきですから、相手にしないように。

「救済とは、己の御魂を磨くことと見つけたり」

以上、ありがとうございました。

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