以下から、私の考える脱石油の方法を述べていきたい。「次の文明はメタン文明である」で述べたこととやや重複するが、ご了承いただきたい。
2010年における石油の国内需要は、以下の表のような状況である。
上の表では、電力部門の石油使用量は約1千万klだが、原発事故以降の現在は、ほぼ倍の2千万kl程度と推定される。一方、家庭・業務部門の灯油・重油使用量は合わせて約2千万klだ。この合計4千万klに関しては、とくに政策手腕を必要としない。つまり、発電・家庭・業務の三部門の脱石油については、市場任せで放っておいても構わない。なぜなら、石油火力・灯油暖房・重油ボイラーといったものは、比較的代替が容易だからである。
本格的に政策手腕を必要とするのは、上の表でいうと自動車・航空機・運輸船舶の「運輸部門」と、農林水産・鉱工業・化学用原料の「産業部門」の二つである。ちなみに、前者が約1億kl、後者が約7200万klの使用量だ。
今回は運輸部門対策を述べよう。
運輸部門を脱石油化させる三大対策
以下の表のように、運輸部門の石油依存率は98%である(*LPGは液化石油ガス)。
しかも、2%分の電力も、今はほぼ9割を化石燃料に依存しているので、化石燃料依存率と言い換えるならば100%に近くなるだろう。原油価格の上昇がいかに日本の流通コストを直撃するかがよく分かる。国家の脱石油また脱化石エネルギーにとって、まさに運輸部門対策こそが要といえる。この部門を脱石油化させる対策は、主に三つある。
第一に、自動車対策である。運輸部門のエネルギー消費の9割を占めているのが自動車であることから、あらゆる意味で、これが成否の鍵を握っている。
石油連盟の表にあるように、2010年度の自動車の燃料消費量は約9千万klだ。ガソリン需要が約5800万kl、軽油需要が約3200万klである。この需要を満たすために、日本はわざわざ中東諸国から2億klもの原油を輸入し、精製している。自動車需要が原油輸入量の基準ないしは決定材料になっているということは、逆にいえば自動車がオイルフリーになれば、日本は中東原油の頚木から脱する道が開けるというわけだ。
対策は当然、石油系燃料に依存しない自動車を普及させることである。その候補として、EV、燃料電池車、フレックス車、天然ガス車などが挙げられる。だが、私はEV一本に絞ることを推奨したい。つまり、自動車のEV化こそが第一の対策である。
なぜそうすべきなのか、なぜ自信をもって断言できるのか、という根拠については、細かな話になるので、続編以降にゆずる。ただ、大局的な観点からの理由は、この場で触れておきたい。
- 第一に、EVはその他に比べて省エネルギーで省資源である。
- 第二に、EVならば全自動車を国産エネルギーだけで走らせることができる。
- 第三に、そのエネルギーの大半を最終的に自動車自身と道路から調達することができる。
大きな視点で言うと、この三つは決定的である。三番目については不可解だろうが、やはり続編で詳述する。
もちろん、これらの実現には時間がかかる。だが、EVだからこそ可能であり、燃料電池車などの他の選択肢では難しい。
むろん、中には「今は次世代自動車の多様化を図り、どれが最良な選択かは最終的に市場が決めればよい」という意見もあろう。これは一般的には極めて正論だが、私は率直に頷けない。なぜなら、市場の答えがまさにEVであり、その他のラインナップへの初期投資は社会にいらぬ負担を強いることになると予想するからだ(あくまで私の“予想”である)。
たとえば、燃料電池車のための水素ステーションの建設や、自動車のE10化・E25化(*ガソリンにおけるエタノール混合比率)などの政策は、無駄な道草であり、確実に労力・コスト・時間の浪費になる。ユーザーやメーカー、納税者など、みんなが損をすることになる。だから反対なのだ。
さて、第二は、自動車以外の対策である。以下の表を見てほしい。やや古いが、交通機関ごとの燃料消費の実態を詳しく表している。上の2010年の、最新の石油連盟のデータと少し異なっている部分があるので、その点は注意してほしい。
要は、運輸部門の残り1割に相当する鉄道・船舶・航空機をどうやって脱石油化するか、という問題である。私はこの部分にこそバイオ燃料や水素を充てるべきだと思う。
とくに有望なのがバイオ燃料だ。バイオディーゼルならば既存のインフラと機体がそのまま使える。「ならば自動車の燃料にしてもよいではないか」と思われるかもしれないが、そもそも日本の自動車需要をバイオ燃料だけで満たすことは難しい。なにしろ、ブラジルでさえまだ自給できないくらいだ。日本ならば結局輸入に頼らざるをえないだろう。筑波大の渡邉信教授のオーランチオキトリウムでも難しい。続編で説明したい。
ただ、軽油自動車の一時的なB10化といった政策に、私は必ずしも反対するわけではない(*エタノールの場合は改装が必要になるので反対だ)。なぜなら、荷物を積んで長距離を走るトラックの場合、完全EV化は遅れることが予想され、当面はHVまたPHVが続くと思われるからだ。だが、大きな方針として、自動車の脱石油化はEVに任せて、バイオ燃料はそれ以外の運輸機関の脱石油化の切り札とするのがいい。
このような役割分担によって、国家のエネルギー戦略に一本、背骨が通った形になる。また、一見なんでもないことのようで、実際にはこの決断により大きな無駄を回避することができる。
上の表にあるように、鉄道(ディーゼル機関車)は25万klもの軽油を消費している。これは単純に電車に替える方法もある。一方、船舶・航空機は併せて1557万kl、石油連盟のデータでは約925万klの消費である。つまり、日本の船舶・航空機の脱石油化のためには1千万~1500万kl程度のバイオ燃料は必要ということだ。私の考えでは、この量だけでも自給するのは大変である。とても自動車に回している余裕はないはずだ。
また、水素を燃料にする方法もある。私は燃料電池の普及に大いに賛同するものだが、「定置用」と「移動体用」を別けて考える必要があると思っている。移動体用は、路線バス・電車・定期船などの「路線固定もの」ならばうまくいく可能性があるのではないか。日本の誇るFCVの技術は、ぜひともこの方面に応用してほしいと思う。
不特定多数の潜在需要を当て込む一般自動車用の水素ステーションは、補助金無しでは普及しないだろう。また、船舶に関しては、完全電化は難しいかもしれないが、PHES化ならば大いに推奨される。天然ガス燃料という手もあるが、持続不可能なので私は反対だ。
以上が第二の対策である。
第三の対策は、省エネの意味も含んだ「鉄道等シフト」である。船や飛行機の類いは、自動車のあるなしに関わらず、乗るときは乗る。つまり、それらは(極端な例を除いて)自動車の代替手段にはなりえない。だが、鉄道ならば代替手段となりえる。鉄道「等」の意は「バスや自転車もあり」である。要は「車の台数そのものを減らす」策だ。
表にあるように、運輸部門のエネルギー消費のうち、鉄道電力はわずか2%に過ぎない。炭酸ガスの間接排出比も3%程度だ。だが、その鉄道が日本全国の旅客輸送のなんと27・7%を、また貨物輸送の4%を担っている(国交省輸送機関別輸送量05年度統計より)。大量輸送機関としての鉄道の効率の高さがずば抜けていることが分かる。しかも、見ての通り、鉄道の貨物輸送比はまだまだ低い。このシフトはトラックの削減に直結しよう。
つまり、人・モノの輸送手段として自動車から鉄道へ切り替えることは、社会としての省エネに繋がり、かつ脱化石エネルギーにも貢献するのだ。広い意味で、このシフトには、人が路線バスに切り替えることや、荷物の配送を電動自転車で行うことも含まれると解釈していただきたい(都心では佐川や黒猫ヤマトの「電動大八車」が多くなってきた)。
最近は「若者が車に乗らなくなった」「車が売れない」というボヤキをよく耳にする。これは眼前の景気にとって凶兆かもしれないが、長い目で文明の持続を考えた場合、好ましい傾向である。EUの先進各国は、自転車シフトを促したり、都市部の車を規制して路面電車を優遇したりしているが、こういった点は日本も率直に学ぶべきだ。社会全体の省エネルギー・省資源化は、公共の利益や将来の世代のために、みんなで推進すべき解決策である。かくいう私も、今は都心にある職場まで自転車で通勤している。
むろん、以上の対策により運輸部門から約1億klの石油消費が消失しても、電力とバイオ燃料の需要が新規に生じる。その手当て法などは、また続編以降で触れたい。
2012年10月18日「アゴラ」掲載
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