次の文明は「メタン文明」である(前半)

エネルギー問題




これまで、自然エネルギー、原子力、天然ガス、石炭などを比較検討して、「石油に代わって次のエネルギーの主役が務まるのは天然ガス以外にありえない」という話をした。

石油は人類が使用するエネルギーの中で最大比率を占めるだけでなく、消費の全部門にまたがって流通し、マテリアル用途まで兼ねる一種の万能資源である。それゆえ、代替適格性のハードルも高い。石油に依存し続ける限り日本がジリ貧になると分かっていても、そう簡単に脱却できないのはこのためだ。代替エネルギーは、量だけでなく、エネルギーの質的にも石油に近い水準が望まれる。ここが脱石油に伴う困難さだが、この二つの条件を満たす唯一の存在が、資源が豊富でかつ汎用性を有する天然ガスなのである…。

大雑把にいうと、前回は以上のような内容あったが、今回は別の角度から、もう少し細かく見てみよう。

09年度の統計では、日本の最終エネルギー消費は約4兆kWhであり、そのうちの半分が石油によって支えられている。ゆえに「脱石油」とは、つまるところ2兆kWhの石油消費分をどこへ逃がすか、又はどこへ逃げていくか、という問題である。

当たり前の話だが、この際、技術的・経済的な制約というものがある。今現在、実現していないエネルギーにシフトすることは物理的に不可能だ。また、技術的に可能な選択肢が複数あれば、ユーザーはその優劣や経済的条件等も勘案し、よりメリットの多い方法を選ぶ。この単純な原則を押さえるだけで、誰でもある程度、シフトをシミュレートすることが可能だ。以下、それに従って、エネルギーの消費部門ごとに予測をしてみる。



1・運輸部門

この部門の石油依存率は98%だ(08年度数値「エネルギー白書2010」 以下同)。自動車・船舶・航空機などが、燃料としてガソリン・軽油・LPガスを消費している。ディーゼル機関車は年間数十万kl程度の消費なので、数に含めなくてよい。ポイントはずばり「部門9割の自動車のエネルギー源がどこに向かうか、又はどこに求めるか」である。

これは一見、政府の政策に負うところが大きいように思われる。たとえば、「未来の自動車は燃料電池車だ」と彼らが考えれば、石油消費分は水素(二次エネルギー)、同じようにフレックス車ならばバイオ燃料、EVならば電力へと移行していく。政府が本命を一つに絞らずに自動車の多様化を推奨するならば、このラインナップに天然ガスが加わる。

しかしながら、最終的には市場が決めるというのが私の考えである。約一世紀前に内燃・電気・蒸気自動車が争った「第一次自動車界大戦」では、内燃車の勝利に終わった。今回の「第二次自動車界大戦」ではどんな結果になるだろうか? 答えは「EVが勝者になる」である。これは断言してもよい。

根拠はたくさんある。まずEVの欠点である走行距離の短さだが、蓄電池の性能向上によって間もなく解決する。ランニングコストも含めた総コストベースでの経済性とインフラ整備の容易さでも、他自動車を圧倒する。対して、燃料電池車とフレックス車のエネルギー効率は悪く、需要分の水素とバイオ燃料が国内調達だけで賄えるか疑わしい。

だが、何よりも私が一番の理由に挙げるのは、EVの可能性・将来性だ。今後、高効率の太陽電池と塗装型の同電池をボディに装備することが標準化していく。また、交通インフラと合体したマイクロ波無線充電も実現していくと思われる。ドライバーの感覚としては、EVは無燃料車に近づいていくのである。トラックはさすがに、しばらくはPHVやバイオディーゼルの選択もあるが、ただ最終的には完全EV化を果たすだろう。

私が訴えたいのは、「市場競争の結果としてどうせEVの時代になるに決まっているから、政府は自動車の多様化政策などという無駄なことをするな」ということだ。なぜなら、それによって巨額の損失が発生するからだ。自動車燃料をバイオ燃料に求める向きも強まっているが、エネルギー効率的にも、生産能力的にも、この選択はありえない。

「部門9割の自動車はあくまでEVへと転換していく。バイオ燃料は部門1割の船舶・航空機需要に的を絞って供給する」…これは一見なんでもない決断のようだが、結果的に大きな損失を回避するだろう。船舶は中小のものが電動化する可能性はあるが、大型のものは当面はハイブリッドがせいぜいである。

いずれにしても、市場に任せても、当初から正しい政策が行われても、運輸部門の石油消費分は最終的に「大半が電力・一部がバイオ燃料」へとシフトしていく。

2・家庭部門

この部門の石油依存率は28%だ。家庭の石油使用というと、灯油ヒーターとプロパンガス(LPガス)である。やや古い統計だが、05年度、家庭でなんと1279万klもの灯油を使用している(資源エネルギー庁・エネルギー需給実績より)。豪雪地帯などでは、暖をとるためにも、屋根の雪を溶かす温水を作るためにも、灯油が好まれている。灯油ヒーターやボイラーの代替は、都市ガス式か、電熱式だろう。木質バイオマスを燃料源とする暖炉やストーブは、今やマニアックすぎて比率に反映されるほど普及しない。

一方、プロパンガスの代替は、都市ガスか、IHクッキングとなる。今でも、オール電化の推進などで、基本的に家庭の電力化率は上昇している。

というわけで、家庭部門の石油消費分は「電力・天然ガス」へとシフトする。

3・業務部門

この部門の石油依存率は29%だ。エネルギー白書では、業務部門とは、事務所・ビル、デパート、卸小売業、飲食店、学校、ホテル・旅館、病院、劇場・娯楽場、その他のサービス(福祉施設等)の9業種に大きく分類されている。こういった施設が石油を使う機会は、主に暖房・給湯・厨房の三つである。灯油とLPガスの使用は家庭と同じだが、さらにボイラー燃料として重油が使用されているのが特徴だ。ただ、給油車と契約しなければならない等の不便さから、その使用量は年々減少しており、電力と天然ガスに置き換わりつつある。脱石油に際しては、基本的にその動きを加速させればいい。

というわけで、業務部門の石油消費分は「電力・天然ガス」へとシフトする。

4・産業部門

この部門の9割を占めるのが製造業で、石油依存率は38%だ。残る1割に農林・水産・建設業が入っている。農機・漁船・建機などは重油や軽油を燃料とする。製造業のエネルギー消費の四分の三を占めているのが、素材系と呼ばれる鉄鋼・化学・窯業土石・紙パルプの四産業である(「エネルギー白書2010」より)。ただし、鉄鋼はほとんど石炭を使用している。他の三業種の中では、ずば抜けているのが製造業全体の約36%のエネルギーを使っている化学産業だ。よって、産業部門の脱石油の鍵は、化学が担っている。

周知の通り、化学は石油をエネルギー源というより「原料使用」するのが特徴だ。つまり、代替エネルギーというよりはナフサに代わる「代替原料」を探すのが主な対策となる。すでに実用化されている植物性プラスチックや天然ゴムなどの植物原料が非常に有望であるが、量的に足りないのでどんどん増産していく必要がある。それ以外ではバイオ燃料や一部天然ガスが化学原料として有望である。

化学産業以外では、一般に熱源・自家発電・蒸気製造・動力などとして、重油・軽油・灯油・LPガスなどが使用されている。これらの燃料の代替として石炭という選択はほとんどありえないので、もっぱら天然ガスとバイオ燃料が好まれるだろう。

というわけで、産業部門の石油消費分は「電力・天然ガス・バイオ燃料・植物原料」へとシフトする。

5・エネルギー転換部門

これは消費部門ではないが、石油が使われているので考慮する必要がある。今日、発電量の8%は石油火力によって担われている。

この分の逃避先は当然、「天然ガス・石炭・一部自然エネルギー」である。

以上のまとめ

私の見たところ、家庭部門と業務部門とエネルギー転換部門の脱石油は、比較的スムーズに進む。市場に任せておいても、ほとんど大丈夫である。「石油価格の上昇で代替インセンティブが働く」という決まり文句があるが、これは比較的簡単にシフトが可能なこれらの部門にこそ当てはまるだろう。つまり、放っておいても大丈夫ということで、高度な政策判断等はとくに必要としない。

厄介なのは運輸部門と産業部門である。中でも「自動車」と「化学産業」である。自らシフト先を探せ、と完全市場まかせにしないで、当局がある程度の政策手腕を発揮すべきである。というのも、放置しておいても、むろん最後には行き着くところへ行き着くのだが、それまでに社会が多大な損害を被る可能性があるからだ。

たとえば、自動車の多様化策などという腰のフラついたことをしていると、ガソリンのE10化や水素ステーションの建設、天然ガス車の拡大に伴う巨額投資などが結局は無駄になる。ユーザー、メーカー、エネルギーサプライヤー、納税者のみんなが損をするのだ。経済官僚はリスクヘッジを謳いながら、実は自分がリスクをとりたくないだけだ。自動車は石油消費の最大項目であり、脱石油の成否は内燃車のエネルギーをどこへシフトさせるかにかかっている。八方美人的な自動車政策をやめて、腹をくくってEV一筋に決めよ。自動車はEV化し、船舶・航空機はバイオ燃料駆動にする…これで決まりだ。ただし、これにより日本の脱石油は一気に進展するが、新規の巨大電力需要が生じるので、電力部門での対策も併せて練っておく必要がある。

現在、化学産業はナフサの過半分を輸入に頼っているので、脱石油に際して輸入を増やすのも手っ取り早い手段ではある。原油輸入の決定材料が自動車の燃料需要であるために、ガソリン・軽油以外の品目では必然的に大きな過不足が生じるのだ。だが、これでは問題の本質的解決にならない。実は、植物原料とバイオ燃料以外にも「第三の方法」がある。それこそ、火力発電所や製鉄所をプラスチック原料の供給源とする「新たな化学」である。おそらく、大半の人は「何の夢物語だ? それとも魔法か?」と思われるだろうが、これはCO2の資源化技術(CCR)のことを指している。その素晴らしきインパクトについては頁を改めよう。いずれにせよ、脱石油に際して、われわれは自動車と化学という二つの難関を突破しなければならない。

シフト先の「電力」と「バイオ燃料」の中身をみる

以上のように、石油を原材料利用する化学産業が植物原料に一部代替を求める他は、電力・天然ガス・バイオ燃料のどれかが主な代替先となる。ただし、天然ガスは文字通り受け取ればよいとして、他の二つの場合、中身をよく精査する必要がある。

まず電力(*当然、石油火力以外で発電したもの)は二次エネルギーなので、一次エネルギーは何かというレベルまで突き詰めねばならない。そうすると、現実的に原子力は縮小の対象であり、自然エネルギーはこれから増やしていく段階なので、もっとも比重がかかるのは必然的に天然ガスと石炭となる。つまり、「石油消費分が電気エネルギーに逃げる」といったところで、実質はその大半が電気を媒介としてこの二つの化石エネルギーへシフトしていくに等しい。燃料費の増加を考えると、自然エネルギー発電を可及的に速やかに増やしていく必要があるが(*私はそのための方法としてFITや電力自由化に反対しているので、戦略に関してはまた頁を改めたい)、それまでは当面、火力の発電燃料たる天然ガスと石炭が石油分を支えていくことになる。

電力に関していえば、当然、原子力という選択もあった。前回に述べたように、原発は「電力化率の壁」と「電源性質の壁」から、すでに十年以上前から伸び悩んでいた。だが、今は石油の代替ができなくとも、常識的に考えれば、これから脱石油が本格化すればその消費の何割かが電力にシフトするわけで、当然、原発の「伸びしろ」も生まれていたはずである。よって、本来なら「脱石油期」は、エネルギー需要急増期と並んで原発の「第二の成長期」と化していただろう。ところが、まさに本格的な脱石油の入り口の時点で、福一事故が起きてしまったのである。

さすがに私も唸ってしまった。スタートの時点でいきなり片肺をもがれる試練である。この絶妙なタイミングは天意を疑わざるをえない。「そこまでやりますか?」と。ただ、私は当初こそそれを悪意のように感じたが、今では善意であると勝手に解釈している。3千億kWh程度の存在感のところで転んでくれて、逆によかったのかもしれないと開き直って、ここはいったん問題の多い軽水炉を中心とした技術体系から撤退する機会だと受け止めるべきなのかもしれない。そして、クリーンで持続可能な「原子力バージョン2.0」を整えてから、国民合意の下で再進出を図ってはどうだろうか。

実はその芽はとっくに出ているのだが、現状の原発論争自体が技術革新から置いていかれてしまっている。たとえば、「原子力推進の立場から『もんじゅ』も核燃料サイクル施設も一刻も早く解体したほうがいい」と言うと、「いったい何を言っているのだ?」と叱られるだろう。だが、今までの常識こそがもはや役に立たないのであり、そのことを含めて、機会を改めて私から説明する。

次にバイオ燃料だが、今ではエタノール以外にも様々な炭化度のものが出揃っており、質的には石油製品類とほぼ同じである。よって、運輸燃料から産業用の熱源・動力、化学原料に至るまで、全部門にまたがって石油の代替が可能だ。ただし、国内での生産がまだ緒に付いたばかりで、研究開発段階のものも多い。つまり、石油消費分がバイオ燃料に逃避したくても、枠が限られており、しかも徐々にしかそれを増やせないのが現実だ。バイオ燃料は、太陽光や風力などの自然エネルギーと同様、これから育てていく途上にあり、石油消費分を完全に支える力はまだない。(後半へつづく)

2012年02月07日「アゴラ」掲載

スポンサーリンク




タイトルとURLをコピーしました