なぜ日本はEVの普及を急ぐべきなのか(その5)――石油産業のバイオ産業への転換を支援しよう

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自動車のEV化はすでに規定路線であり、政策面で後押しすることによってさらにスピードアップせよ、というのが前回の主張だった。

だが、脱石油にあたり、約1億klの燃料を消費する「運輸部門」と同じくらい重要なのが、約7200万klを消費する「産業部門」の対策である。ここを欠くと、国内の石油需給が極めてインバランスになる。



産業部門の中心対策はナフサの代替である

前掲の石油連盟の資料によれば、2010年度における産業部門の石油消費量は、農林水産が灯油・軽油・重油など約550万kl、鉱工業が重油を中心に約1910万kl、化学用原料がナフサ約4666万kl・原油68万klとなっている。

いったい、産業用の石油は、どの分野でどんなふうに使われているのだろうか。以下の表が参考になる。

産業用石油

表にあるように、大半は加熱・熱源・動力用燃料・発電用燃料などの用途として使用されている。これらはそれほど代替が難しくない。たとえば、直接的に加熱するものはガス式に替えられる。熱源もまた天然ガス・石炭・電力などに代替可能だ。建機・農機・漁船などの動力は電化できる。たとえば、建機は自動車と同様にすでにHV化が進んでいる。農機は農場から遠出しないので電化がもっと容易い。漁船は一部でES(Electric Ship)化が始まっている。発電はガスエンジンやタービンに替えられる。そして、バイオ燃料ならば、従来の設備をほとんど改変することなくこの四つのすべてをカバーできる。

要は、農林水産・鉱工業では、基本的に代替の目処が立つ。問題は、上の表で「原材料」と記されているものだ。石油にはエネルギー資源の他に原材料としての顔があり、これを非エネルギー利用という。一つは建設業におけるアスファルト。ただ、これは資源量が豊富なので、自給できなくても、あまり心配する必要はない。もう一つが化学産業におけるナフサ(粗製ガソリン)である。産業部門の石油消費のうちの実に約65%がナフサだ。この膨大な量をどうやって代替するか――それが問題の根幹だ。

運輸部門の場合は「電化」という切り札があった。だが、ナフサは原材料なので、代替方法はあくまで他の物質の調達になる。これが産業部門の中心対策となる。

持続可能な化学用原料とは?

自動車需要が原油輸入の基準なので、それ以外の精製品はどうしても過不足が生じる。顕著なのが石油需要の約四分の一を占めるナフサだ。原油からの連産分だけでは国内需要に届かないので、大量に単品輸入している。石油連盟の資料によると、2010年度におけるナフサの国内需要分は4666万klだが、連産分は1945万klに過ぎず、2721万klを中東やアジアなどから別途輸入している。

下の表にあるように、日本の石油製品輸入の8割以上をこのナフサが占めている。石油製品輸入比

問題はこれを何に替えていくかだが、その前に二点について触れておきたい。

第一に、原材料を製品に加工して価値を付加する以上は、基本的に輸入に頼っても構わない。それは木材や鉱石を輸入するのと同じことである。ましてや、化学製品は日本の重要な輸出品目の一つだ。そういう意味で、これはエネルギー問題とは区別する必要がある。ただ、ナフサの場合、長期的に持続可能でないことや、輸入を中東に依存している事実、また価格の上昇が予測される点などが懸念材料であり、代替を考える必要があるのだ。

第二に、対策のトップに挙げられるのは、やはり、まずプラスチック製品の国内消費自体を減らすことだ。むろん、リサイクルを徹底することも当然である。これはエネルギー問題でいえば「省エネ」に相当する対策だ。ヨーロッパなどでは使用済みペットボトルを洗浄して使い回している国もあるが、日本人もそろそろ「プラスチックも貴重な資源である」というふうに認識を改めていく必要がある。今後、原油価格の上昇により、素材価値が高まっていけば、使い捨てることが「もったいない」と思うようになるかもしれない。

さて、私の見るところ、ポスト石油後の化学産業には、四つの原料供給ルートがある。

一つ目は「バイオナフサ」(*バイオ燃料の中でナフサ質のもの)である。今ある産業設備の改変が最小限ですむことから、鉱物性ナフサの代替品として筆頭に挙げられる。バイオナフサ自体はすでに登場している。バイオ燃料は遺伝子組み換えや化学的な改変によって炭素比率を調節できるので、あらゆる石油系燃料の代替品になりえる(*以後ここではバイオナフサを「バイオ燃料」として扱う)。問題は「いかに増産するか」である。

二つ目は「植物性原料」である。今ではサトウキビやトウモロコシなどから作る植物性プラスチックも市場に出回るようになった。「バイオ樹脂」とも言われている。よく誤解されているが、プラスチックは無機物ではなく有機化合物であるため、植物性原料への転換が可能なのだ。セルロース(草・パルプなど)やパーム椰子からも様々な化学・工業製品が合成され始めている。ゴム製品の代表格である自動車タイヤにしても、住友ゴムが合成ゴムの分子構造に近い「改質天然ゴム」の製造に成功した。大きな視点で言うと、化学産業は少しずつ植物性原料へのシフトを始めている。

ちなみに、バイオ燃料と植物性原料を別けることが妥当かという議論がある。たとえば、トウモロコシやサトウキビなどから作るエタノールは、植物性原料の二次製品である。ただ、生産効率から考えると、将来的に藻類由来のバイオ燃料が主流化することがほぼ確実視されている。すでに各種のメディアで繰り返し取り上げられているが、藻類の燃料生産能力は、品種によっては1haあたり100klとも言われている。農作物としてもっとも成績のよいサトウキビやオイルパームの約20倍の効率だ。よって、将来的には、一般的に両者を別けて扱うのが普通になると思われるので、私もそれに従いたい。

あくまで「持続可能」という特徴に焦点を当てると、以上の二つになる。

当面の代替手段は天然ガスと石炭である

ただ、現時点におけるバイオ燃料と植物性原料の問題点は、コストと生産量である。果たして、鉱物性ナフサと同等以下の価格で、5千万kl弱もの量を確保できるのか。

今はとうてい無理である。たとえば、化学製品の約6割を占めるプラスチックのうち、植物性のものはまだ1%以下のようだ。原油価格の上昇に伴って経済性が相対的に高まると思われるが、なにぶん「新産業の育成」でもあるので、完全なる代替までには、おそらく数十年という月日がかかるのではないか。そこで、当面の候補が重要になってくる。

それが三つ目の「天然ガスと石炭」だ。これは持続可能ではないが、埋蔵量が比較的豊富である。たとえば、天然ガスは氷状メタンが可採化すれば1千年以上、石炭は低品位のものを含めれば数千年以上あると考えられる。また、資源が石油ほど遍在しておらず、国内にも一定量が賦存するメリットがある。供給源の多様化はリスク分散にもなろう。よって、「繋ぎ」として、しばらくは石油以外の化石燃料に頼ることも選択肢である。脱石油は喫緊の課題であるが、持続可能性の獲得はあくまで長期的に達成すべき目標であって、国内の石油産業には変化に適応するための十分な時間的猶予を与えるべきだ。

ところで、ポイントは、なぜ天然ガスや石炭が、石油に代わる化学用原料になり得るのか、という点だろう。そのためには石油化学について簡単に知る必要がある。

石油化学フロー

上記の図のように、あらゆる石油化学製品の元になっているのがナフサ(粗製ガソリン)である。これを水蒸気と混合して高温で分解すると、エチレン、プロピレン、ブタジエン、ベンゼンなどの「基礎化学品」に分かれる。これを化学変化させて作られるのがポリエチレンやポリプロピレンなどの「誘導品」と呼ばれるものだ。これがプラスチック、化学繊維、合成ゴム、洗剤、塗料、肥料などの原材料となる。つまり、原油の一成分であるナフサからどんどん枝分かれしていく形で様々な化学製品が生み出されていくわけだ。

さて、天然ガスの主成分はメタンCH4だ。このメタンからメタノールCH4Oを作ることができる。今日、メタノール製造は天然ガスから作るのが主流だ。このメタノールから上のプロピレンC3H6を作ることができるのだ。

また、メタンの次に多い天然ガスの成分がエタンC2H6である。このエタンからエチレンC2H4が製造できる。アメリカではエチレンの大半をすでに天然ガスから製造しているという。さらにエタノールC2H6Oからは、ブタジエンC4H6を作ることができる。ちなみに、このエチレンとプロピレンで基礎化学品の5割を占める。

あと、ベンゼンなど芳香族化合物は、石炭のコークス炉から作ることができる。石炭を蒸し焼きにした際に黒色の液体であるコールタールが発生する。ここに芳香族化合物が含まれている。ちなみにだが、産業界は、原材料・ボイラー燃料・直接加熱用燃料として、年間数千万トンの石炭も消費している。

以上のように、天然ガスと石炭からも、石油化学における基礎化学品と同じものを作り出すことができる。とりわけ、現在では、石油に頼らない化学産業として、天然ガスを元にした化学産業が徐々に発達しつつある。メタンやメタノールなどの炭素数1の原料を用いて様々な誘導品を作っていく技術は「C1化学」と呼ばれるらしい。

今やCO2も化学原料である

こういった化学とも大いに関係するが、四つ目が「副生ガス」である。要は、産業施設から生じるCO2などの排ガスのことだ。

ガス文明化でCO2排出を大幅に削減できる

CO2の資源化技術はまだ開発途上だが大いに期待したい

などでも触れたが、この排ガスが今や化学原料などに化ける時代になった。

現在、火力発電所、製鉄所、ゴミ焼却施設の三つから約6億トンものCO2が排出されている。これは総排出量の半分弱にあたる。地球温暖化問題の是非はここで論じない。実際、私自身にも真偽のほどは分からない。ただ、その大量排出が問題視され、CO2回収貯留法(CCS:Carbon Dioxide Capture and Storage)が真剣に研究開発されているのは事実だ。

ただ、それはコストが掛かりすぎて、なかなかペイしない。そこで、CO2回収再利用法(CCR:and Reuse)への移行が検討されている。たとえば、閉鎖系バイオ燃料槽の光合成促進剤、炭層ガス生産や油田回収率向上のための圧入用気体、等など。その中で化合物の原料にする化学的固定化法があり、その一つがメタノール製造だ。

三井化学の開発した合成法によると、20万トンのCO2と3万トンの水素から15万トンのメタノールを製造できるという。ちなみに、水素もまた製鉄所やゴミ処理場から「副生ガス」として発生する。つまり、エネルギーを投入して排ガス同士を掛け合わせることで資源が生まれるわけだ。

こうして合成したメタノールは、エネルギーとして利用する意味はなく、ペイ後には、プロピレンなどの化学原料にしたほうがよい。脱石油時代の化学産業にとって、この方法は一つの原料供給ルートになりえる可能性を秘めている。なにしろ火力発電所だけで毎年4億トン以上ものCO2が排出されているのだ。

今言ったように、現在は天然ガス(メタン)からメタノールを製造している。つまり、元の原料は枯渇性資源であり、かつ1㎥あたり数十円もの値段がする。一方、この合成法だと、元の原料はゴミだ(といっても調達コストはかかるが)。排出権取引が活発化すれば、削減分としての付加価値も生じよう。ただし、排ガスのCO2は化石燃料の燃焼に由来するので、決して持続可能ではない。

ただ、こういった技術さえあれば、将来的には「水・空気・太陽光」を使った「クリーンで持続可能な化学産業」への道も開けてくる。

つまり、当面は、火力発電所や製鉄所、コークス炉や石炭ガス化プラントなどから、排ガスを調達すればよい。製鉄所の隣にプラスチック原料工場を併設してもいい。脱石油によって不足するプラスチック原料を十分に補うことができよう。将来的にその調達先を持続可能な光触媒法・水蒸気改質・水の熱化学分解などに替えていけばいいのだ。そうすれば、この四つ目の方法も、バイオ燃料と植物性原料に並ぶルートになるだろう。

このように、化学製品を生み出すにあたって、石油は必ずしも必要不可欠ではなく、決定的に重要なのは素材・化学式・技術開発だということが分かる。化学産業が将来的に持続可能化するためには、結局はナフサに見切りをつけ、原材料をバイオ燃料などに替えていくことが不可欠だ。また、国内のバイオマス資源等が化学原料化することで、輸入が減り、国内に金が循環し、雇用を生む効果も期待できよう。

国を挙げて日の丸石油会社の事業転換を支援しよう

さて、前述のように、運輸部門は、たとえ自動車をEV化したとしても、船舶・航空機燃料として1千万~1500万kl程度のバイオ燃料が必要だ。上記のように、産業部門もまた大量のバイオ燃料を必要としている。農林水産・鉱工業もそうだが、何よりも化学産業にとってナフサの代替原料が不可欠だ。これらを自給しようと思えば、少なくとも6~7千万kl程度のバイオ燃料は国内で生産できなければならない。いくらあっても足りないという言い方は大げさだが、とにかく生産量は多いほどよい。逆にいえば、それさえ可能となれば、自動車のEV化と併せて、日本は石油需要分を完全に自給できる。

他方で、脱石油によって、国内の石油産業は最終的に滅ぶ。石油連盟によると、石油精製元売は16社、売上げ22兆円、従業員2万人だという。一方で、石油化学工業協会によると、代表的な石油化学企業は数十社、年間出荷額10兆円、従業員は9万人だ。これらの企業を、また雇用を、どうやって守っていくかが課題である。今でさえ余分な石油精製施設を解体しているくらいなのに、自動車のEV化を政策的に加速させれば、急速に生産設備が余剰化していくだろう。当面は、ガソリンなどの石油製品の輸出を増やす道もあるが、最終的には事業転換が必要になる。まずは自助努力が重要だ。現に、昭和シェル石油が太陽電池事業に、JX日鉱日石エネルギーが燃料電池事業に進出している。

ただ、新エネルギー分野は難しい。しかし、バイオ燃料が巨大な産業へと成長していくことは、ほぼ確実と思われる。そこで、単純なロジックではあるが、これから石油が必要でなくなり、逆に大量のバイオ燃料が必要になるというのなら、バイオ産業に転換してもらうのが一番よい解決策ではないだろうか。すでにエクソンモービルが藻類によるオイル生産に巨額投資している現実を思うと、これはとくに不自然な話ではないようだ。

つまり、石油精製元売各社が「バイオ燃料産業」へ、石油化学各社が「バイオ化学産業」へと転換すればいい。そのためには、自助努力のみならず、政府が法整備や各種助成を通して支援することも重要である。たとえば、バイオ燃料の生産には広大な土地が必要だ。石油会社にとって、原油の買い手からバイオ燃料のサプライヤーへと変貌するということは、換言すれば「永久油田」のオーナー(権益所有者)になるということだ。地政学リスクの高い枯渇性資源から解放されることで、かえって企業の経営も長期安定し、以前より雇用も増えるかもしれない。持続可能な原材料に依存することで、化学産業もまた安定して事業に勤しむことができよう。

また、海外への膨大な国富の流出がとまり、その分の消費が国内へ向かう。さらに世界に先駆けて日本の石油企業が転換することで、海外の石油産業からシェアを奪う側にもなれる。つまり、脱石油とは、輸入を減らすだけでなく、輸出を増やす道(≒先行者利益)でもあるのだ。それを思えば少々の補助金をつぎ込んでも、お釣りが来るというものだ。転換の過程は険しくとも、トータルで見れば、日本の石油産業自身にとっても、日本にとっても、はるかに好ましい結果が得られるのではないだろうか。

2012年11月01日「アゴラ」掲載

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