前々回と前回の記事で“アゴラ内世論”からの反応がありました。極めてまっとうなご指摘でしたので、可能な限り疑問等にお答えすると同時に、一般読者の皆さんも含めて改めて地球温暖化対策の最前線に関する理解を深める目的で、ここにシリーズ外記事を急きょ書かせていただきたいと思います。
ここでは地球温暖化人為起源説の是非論は蒸し返さないようにして、あくまで排出削減の前提に立った上での、テクニカルな議論とお考えください。
当該記事では、CO2の資源化技術が続々と開発されていること、その一つとして特殊な触媒でCO2をメタノールに変える三井化学のプラントがあること、これが将来的な燃料電池火力と相性がよいこと、メタノールはプラスチック原料や燃料用途にも使えること、ナフサを減産せしめる脱石油路線ともマッチングすること、等について述べました。
これに対して、辻元さん、井上晃宏さん、山口巌さんなど、化学的知識のある方々から、「CO2の排出を完全になくしていくことは難しい」「エネルギー収支的にペイしないのではないか」「いったいどんな反応なのか」といった趣旨のご指摘がありました。
貴重なご意見ありがとうございます。この辺は「さすがアゴラ」といったところです。
実は、この三井化学の実例は、熱化学理論に詳しい方から必ずツッコミが入ることでも有名です。私が「三井化学」という固有名詞を出しておいたのも、疑問のある方はそこから自分で辿ってくださいという含みがあったのですが、あまり意味はなかったようです(笑)。どうやら、私の言葉があまりに楽観的というか、希望的観測に偏っていたため、誤解を与えた部分もあったようです。
CO2のメタノール変換 どのように報じられたか
このCO2のメタノール変換は、新聞・テレビ等ですでに繰り返し報じられていますが、まずはそのプレスの内容をいくつか紹介するところから始めましょう。
「CO2からのメタノール合成プロセスの実証パイロット設備建設について」
これは大元である三井化学株式会社の08年のプレスリリースです。
「温暖化元凶CO2から樹脂 三井化学のマジック」(2011.1.23産経ニュース)
これがもっとも新しい記事だと思います。事業化について気になっていたのですが、本格的な実用化は数年後とのこと。また、「20万トンのCO2と3万トンの水素があれば、8万トンの水と15万トンのメタノールが得られる」とも書かれています。
順番が前後しますが、以下はその間の新聞記事からの抜粋です。
「三井化学の大阪工場(大阪高石市)。昨年2月、二酸化炭素からプラスチック原料のメタノールを合成する実証設備が稼動した。工場の排ガスに含まれるCO2を濃縮して水素を混ぜ、銅と亜鉛でできた触媒を通すとメタノールが生成される仕組みだ。石油から合成樹脂を作る石油化学産業が誕生してから今年で90年。温暖化ガスのCO2を原料に使う一石二鳥のプロジェクトは、中国など新興国からも注目を集める。三井化学は光触媒で水を水素と酸素に分解する技術も開発中。実現すれば太陽、水、CO2という決して枯渇しない資源による人工光合成が完成する」(2010 1 1 日本経済新聞)
「(大阪工場の)実証プラントは従来の天然ガスからメタノールを製造する手法に比べてCO2の発生を約4割削減することができる」(2010 2 19 日本経済新聞)
「三井化学が大阪工場(高石市)でCO2と水素からメタノールを作る実証試験を始めて約1年。(略)試験では140トンのCO2から100トンのメタノールを作れるのを確認。生産に必要なエネルギーを差し引くと、約70トンのCO2排出を減らせる計算だ。メタノールは天然ガスを一酸化炭素と水素に分解して作るのが一般的だが、CO2から作れば原料のガスの節約にもなる。(略)課題は生産コストの高さ。商用規模でも天然ガスから作るのに比べ約3倍かかる。高いコストに見合う付加価値を付けるため、三井化学はCO2由来のメタノールを燃料に使う燃料電池システムの事業化を検討」(2010 2 27 日本経済新聞)
各種のCO2資源化技術と、その代表例としての三井化学のプラント
現在、温暖化対策の大きな流れとして、CCS(CO2回収貯留法)ではどうやら割に合いそうにないとして、CCR(CO2回収再利用法)で行こうというふうになっています。CO2の資源化技術については様々なものがあります。化合物に変えてしまう化学的固定化、炭層ガス生産や油田回収率向上のための圧入用気体、新型コンクリートの材料、閉鎖系バイオ燃料槽の光合成促進剤、等など。中でも、商用化はまだだが技術的には確立されつつある三井化学の例は、もっとも期待が掛けられているものの一つです。
つまり、「CO2資源化技術>CO2化学的固定化技術>CO2のメタノール変換」という関係になります。これは今現在、一石二鳥の大真面目な研究として、プロジェクトとして、大勢の科学者・技術者たちが真剣に取り組んでいます。
なにぶん、三井化学のプラントは世界初の試みであるために、経済性の獲得などまだまだ課題は多いでしょう。しかし、事業化に成功すれば、全世界に向けて販売できる商品になりますので、同じ日本人として大いに応援していきたいものです。
ポイントは「トータルでの収支はどうか」
さて、CO2からのメタノール生産で、必ず話題になるのがエネルギー収支の問題です。井上さんも個々の熱化学方程式を示されました。
これは核心部分の指摘です。まず、従来はメタン(天然ガス)からメタノールを生産しています。対して、CO2と水素から作ると、余分にエネルギーがいります。収支的にはむしろマイナスです。ちょうど一年前の報道で、「従来法より2~3倍のコストがかかる」ということですから、大きくはこの構造が経済性の脚を引っ張っていると思われます。
しかし、エネルギー収支は経済性を決める上での一重要条件だということです。
たとえば、これはCO2の削減策ですから、排出権として市場でトンあたりの値段が付きます。取引スタート後はこれを前提とできます。世界全体がCO2の削減を重視し、そこにプライオリティを置けば置くほど、付加価値も高まっていきます。
「CO2の削減量以上に、排出してしまうのでは?」という懸念は当然ありますが、最初の実証プラントでも、生産に必要なエネルギーを差し引いてもトータルでCO2を半分も減らしています。しかも、プラントの入力エネルギー自体も、自然エネルギーの普及にあわせて徐々に脱炭素化していくと考えられます。
今回のケースは、基本的に、あるマテリアルを作るまでの経済性の問題だとお考えください。天然ガスからメタノールを製造する従来手法に比べてどうか…これは天然ガスとの競争になります。また、その合成メタノールからさらに石化製品を誘導していくと、競争相手は石油となります。よって、ガス・石油が高騰していくだけで相対的経済性は改善されていきます。ですから、今現在は、かなりいい線をいっていると推測します。
当然、メタン、CO2、水素には、それぞれ調達コストが付きます。火力からのCO2排出削減を容易化するために、将来的に天然ガス(メタン)を燃料とする燃料電池火力が望ましいでしょう。CO2はその改質過程から排出される単なるゴミで、分離工程が不要です。工場などの各種排ガスから分離する場合でも、今後、膜分離法の発達で極めて低コスト化していくと思われます。
鍵は「水素をどこから引っ張ってくるか」ですが、私は同じ燃料電池が供給源にもなるようなことを言ってしまいましたが、これはやめるべきでしょう。研究者は「副生水素」や「光触媒法」を有力視しています。水を電気分解して水素を作るということについては、私は一言も言っておりません。現状では、製鉄所やゴミ処理場からは「水素ゴミ」が出ており、利用できないかという話が昔から出ています。また、光触媒も注目の技術で、水の理論電解電圧よりも小さくてすむため、これは光がエネルギー化していると考えられています。当初の光触媒は紫外線しか利用できなかったので効率が悪かったのですが、今では可視光線型の開発も進んで効率アップの競争が始まっています。CO2削減という観点からすると、この光触媒法も有力な選択肢となります。
このように、メタノールの原料自体は別に「CO2ゴミ」と「水素ゴミ」でもよいわけです。エネルギー投入を重ねるほど収支が悪化しますから、メタノールプラントは火力や製鉄所などに隣接するほうが望ましいでしょう。純粋なエネルギー収支では、確かにメタノールを合成すること自体が疑問に思われるし、ましてやそのメタノールをさらにエネルギー利用するのは明らかにおかしいと分かりますが、排出権など収益が別途あり、素材生産でもあることを思えば、もう少し事情は複雑になりますから、将来的に経済性が成立する余地もありえるのではないでしょうか。
要は「システムトータルでの収支はどうか」という発想でお願いします。
CO2の資源化技術で最終的に火力や製鉄所や工場から排出をなくせるのか?
上記のように、CO2のメタノール変換は一削減法に過ぎず、現在は様々なCO2化学的固定化技術が開発されつつあります。資源化技術自体も幅が広がっています。
むろん、実際の削減にあたっては(*むろん削減するのが正しいという前提で)、メタノール生産だけでなく、様々な方法を組み合わせていく形になりそうです。どの排出源に対してどういう技術を用いるかは、今は誰にも確定できません。資源化技術のどれが実用化に向いているかも、試行錯誤の段階です。削減行為自体がまた新たなエネルギーを要するので、それも含めて最終的に排出をゼロ化していくのは大変困難でしょう。自然エネルギーの普及や、化石燃料の使用自体も減らしていくことが欠かせないでしょう。
この辺はやや私の希望的観測が過ぎたようですが、しかし「そんなことはできない」と思っていれば本当にできないのも確かで、だからこそ、われわれの知恵と工夫と技術でそのハードルを乗り越えていくのだと、発想を逆転させることが重要だと思います。
また、CO2のメタノール化や光触媒の技術には、「化石燃料を使わない」という技術的な付加価値と将来性があります。日経新聞も「実現すれば太陽、水、CO2という決して枯渇しない資源による人工光合成が完成する」と述べていますが、純粋にエネルギー投入だけで水と炭酸ガスから生活に役に立つ物質を作り出せることができるのです。
今後の課題が多いことも確かですが、それ以上に人類にとって希望が多いのではないでしょうか。
その他、「触媒」の不思議
>CO2を水素に反応させハイドロカーボンに持って行くとの説ですが、如何なる反応になりますか?化学式、温度、圧力、使用する触媒等躯体的に教えて下さい。或いは、ラジカル反応でしょうか?言うまでもなく、二酸化炭素は極めて安定した物質であり、これを炭素と酸素に分離するとなると相応のエネルギーが必要と推測されます。更に、水素と反応させれば良いとの指摘ですがその水素は一体何処から持って来るのですか?水を電気分解すれば水素を得る事可能ですが、これも相当量の電気エネルギーが必要となります。兎に角、マテリアルバランスとエネルギーバランス位はご提示ください。
これは山口巌先生からですが、いくらなんでも過剰期待というものです(笑)。私は化学者ではないし、第一これだと社内情報レベルなので、開発当事者でなければほぼ答えられないでしょう。技術的な詳細を知りたいのであれば、三井化学の広報部に問い合わせるか、特許の公開情報でもお調べになってください。ただし、核心技術である触媒等についても、以下の文書ではかなり踏み込んで書かれています。ご参考に。
二酸化炭素の固定化技術
http://www.kobelco.co.jp/technology-review/pdf/47_3/013-016.pdf
ちなみに、山口先生はある重要なことをおっしゃっています。それはCO2や水は極めて安定した物質で、分解するには高いエネルギーが要るということです。これは科学の常識だったわけですが、近年になって低エネルギーでそれが可能な「触媒」が次々と発見されているようです。この触媒はどうやら近未来のキーテクノロジーらしく、経営コンサルタントである山口先生にとってもビジネスチャンスかもしれません。
2012年03月09日「アゴラ」掲載
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