「電気自動車に火力由来の電力を使っていたら意味はない」という都市伝説(前半)

EV関連




これはEV懐疑派の有力論拠の一つである。果たして、このような考えは正しいのであろうか。それともただの思い込みだろうか。

これを当記事のテーマとする。

これは換言すれば、以下の両者の比較である。

A:「原油→精製→輸送→自動車」

B:「化石燃料類→火力発電→送電→EV」

ちなみにだが、Bの化石燃料類といっても、実質は石炭・天然ガスだ。というのも、IEAの合意により、加盟国は30年以上も前に石油火力の新設を禁止している。つまり、自然減による全廃が決定済みだ。

原発事故前、石油火力の燃料に回されていたのは、年間2億数千万klの原油輸入量のうち、わずか900万kl程度だった。ところが、今では原発の穴埋めのために、錆付いていた基まで再稼動し、年間3千万klも燃やしている。

しかし、これはあくまで緊急対策にすぎない。原発の再稼動が徐々に始まり、石炭・ガス火力の更新や新設も急増中なので、石油火力が十年待たずに廃止される事情に変わりはない。

本題に戻ろう。内燃自動車とEVは、同じクラスの重量が近似しているので、単純に両者の総合的なエネルギー利用効率のほうを比較してみよう。ガソリンと電気は、どちらも二次エネルギーなので、一次エネルギーからの変換効率を考えなくてはいけない。



総合的なエネルギーの利用効率は内燃車もEVもほぼ同じ

まずはAからだ。原油はガソリンや軽油などの石油製品に加工し、スタンドにまで輸送しなければならない。そのエネルギー転換(精製)と輸送のプロセスで1割のロスが生じる。スタンドで給油された石油製品は1リットルあたり約9kWhのエネルギーを持つが、それがすべて動力に変換されるわけではない。車軸を回すまでに、燃焼プロセスとピストンや複雑なギアなどを経るため、エネルギーの大半は熱と摩擦に化ける。その効率はディーゼルやHVエンジンでも3割強だと言われている。急増する省エネ車に平均を合わせて3割強としても、原油から考えると、内燃自動車の効率は3割程度ということになる。

対して、Bのケースだが、電気事業便覧によると、現在、火力の発電効率は平均40%程度であり、送電ロスは平均5%程度である。つまり、プラグに届く頃には、発電燃料の持つエネルギーは元の38%にまで減っている。その電力を、モーターは9割以上の効率で動力に変換する。ただし、バッテリーの充放電の際に若干のロスがある。ということは、結局は、発電端からのEVの効率は3割程度ということになる。

つまり、単純比較では、両者のエネルギーの利用効率はほとんど同じである。今言ったように、同型の内燃自動車とEVの重量もほとんど同じである。

よって、「ほらみろ、やはりEVに替えていく意味がないではないか」と思われるのも、ある意味、当然かもしれない。

ところがである。このような理屈に落とし穴があることは、他の基準で比較してみればすぐに分かる。それを箇条書きにしてみよう。

メリットその1:エネルギー安保が向上する

自動車のエネルギー源を、様々な問題を抱える石油から、まだはるかに低リスクで余裕のある石炭や天然ガスに移すことができる。

石油は液体資源であり、特殊な生成条件を必要とする。だから、地球上でかなり偏って存在している。それに対して、石炭や天然ガスは比較的ありふれている。石炭は主に太古に地表の大半を覆っていた植物(主にリンボク)の化石だ。また、メタンは炭素原子1個の四つ手に水素原子が結合しただけの、もっとも単純な炭化水素であり、自然界で容易に生成される。石油と違って、両者とも地球上のどこにでも存在する資源だ。

可採年数は一つの目安にすぎないが、BPによると、2011年におけるそれは、石油が54年、天然ガスが64年、石炭が112年だ。大事なことは、この数値の内容をよく吟味することである。たとえば、石油の可採年数は非在来型資源を含んでいるのに対して、ガスは含んでいない。IEAはシェールガスを可採分に入れ、250年以上としている。

また、ガスも石炭も本格的な海域探査はこれからだ。石炭は大陸棚にも膨大な資源があると予想され、陸側から掘り進めて行く掘削法もある。だが、まだほとんど手付かずで、埋蔵量にも含まれていない。従来の炭田にまだ豊富にあるので、そんなことをする必要がないからだ。対して、石油は半世紀以上も海域探査が積極的に行われてきた。

可採年数がそもそも「確認埋蔵量÷その年の生産量」であることに注意する必要がある。需要増という関数で考えると、実年数は何割か短くなる。石油は、今の高値でも、採算ライン分のストックがせいぜい数十年分であり、資源自体はあっても新規可採分の捻出は労力的にもコスト的にもこの先ハードルが高くなる一方だと予想される。

対して、石炭や天然ガスは採取容易な資源量が比較的豊富で、埋蔵場所も分散している。よって、石油に依存するよりも、それらに依存するほうが、はるかに安心安全である。

メリットその2:コストが安くなる

以前、コンサルタントの山口巌氏が「安い石炭を輸入し、最新鋭の火力で安い電力を作り、それを電気自動車のエネルギー源にすれば、日本の競争力が高まる」という意味のことおっしゃっていたが、これはまったく正しい論理であり、私も同意する。

単純に考えて、火力に拠るEVと石油自動車のエネルギーの総合的な利用効率がほぼ同じということは、EVの普及によってエネルギー源を石油から石炭へと移していくことにより、同じ量の仕事(物流)をより安いコストで遂行可能になる。

自動車の年間燃料消費量は約9千万klなので、現在の通関価格からすると、日本は自動車を動かすために6兆円ものコストを支払っている計算になる。これはここ十年の間に急激に膨張したものだ。消費者が支払う小売価格基準だと、差益や間接税が含まれるので、さらに倍に膨らむが、この分は国内の所得移転なので本質的に問題ではない。

対して、石炭はカロリーあたりのコストが石油の四分の一なので、仮に日本の全自動車が電化されれば、燃料費はその四分の一の1・5兆円程度ですむと考えられる。むろん、実際には、代替手段は石炭火力だけではなく、ガス火力と併用なので、ここまでの削減には至らない。市価は変動するが、今はだいたい熱量あたり「石油:ガス:石炭=4:3:1」くらいだ。「石油輸入費が6兆円減って、火力燃料費が3兆円程度増える」というのが実際のところだろう。しかし、それでも大幅な貿易収支改善になることは疑いない。

(後半に続きます)

2013年08月29日「アゴラ」掲載

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