避けられないイージーオイルの減少
急増する世界のエネルギー需要と石油消費に対して、石油の供給のほうはどのような状況なのだろうか。
2010年、IEAは「06年がピークオイルだったかもしれない」と認めた。11年2月には、英ガーディアン紙がウィキリークスの暴露を報じた。それはアメリカの外交機関で交わされた公電で、内容は「サウジアラビアの石油埋蔵量が実は3千億バレル相当――約4割も過大評価されており、今後の需要増を賄うだけの増産能力がない」というものだった。そして同月、中東と北アフリカで政治体制の変革を求めるデモや内戦が勃発した。
この“ピークオイル”は一般に石油生産のピークを意味している。実際に世界でもっとも早く石油の掘削が始まったアメリカでは70年代に訪れた。ただ、では世界の石油生産量がこれから下降する一方なのかというと、専門家の間でも意見が分かれている。というのも、資源量自体はまだ十分にあるからだ。石油生産には複雑な要因が絡み合うため、業界に知悉している専門家でも将来を正確に予測することは難しい。
しかしながら、はっきりしていることもある。それは「イージーオイルが減っていく」ということだ。これは地表面を少しボーリングするだけで大量に自噴するようなタイプの石油のことで、ちょうどジェームズ・ディーンが主演する映画『ジャイアンツ』に登場した、真っ黒い液体を噴き上げるテキサスの井戸を思い起こせばいい。世界的にはサウジアラビアをはじめとする中東の大油田がこれに相当する。従来、このイージーオイルがパイプラインで港にまで輸送され、そこからスーパータンカーで世界中に輸出されてきた。先進各国の経済を支えてきたのが、このような「安くて豊富な石油」だったのである。
ところが、今では陸域の大油田はほとんど発見し尽くされてしまった。よって新規の油田といえば規模が小さく、場所が深く、掘るのが難しいものが主流だ。フロンティアはすでに海域へと移っている。だが、掘削のためのプラットホームを洋上に築かねばならないので、初期投資だけでも莫大だ。海底油田の場合でも徐々に大深度化が進行している。今では深さ数千mにある海底の、そのまた数千m下まで、場合によっては斜めに掘削するといった開発まで行われている。2010年にBPがメキシコ湾で引き起こした石油流出事故を見ても分かるように、このような開発はリスクも高い。万一、事故が起これば、周辺地域の経済的損失や環境への悪影響は計り知れない。
むろん、陸域にも非在来型と呼ばれる巨大な石油資源が眠っている。カナダ・アルバータ州のオイルサンドの場合、サウジアラビアにも匹敵する資源量だと言われている。ただし、油分を抽出するために露天掘りで採取した砂岩をボイルしたり、地下に高温のスチームを圧入したりしなければならない。生産には大量の燃料と水が必要だ。1の油分を採取するのに0・5のエネルギーを使うという非効率ぶりで、当然コストもかかる。しかも、オリノコタールやオイルシェールを含めて、基本的にこういった非在来型資源は超重油質・タール系であり、ニーズの高い白油分(ガソリンや軽油など)の比率が低い。
非在来型資源の開発は環境面での問題も大きい。近年、カナダのCO2排出量が急増したのもこのオイルサンドの開発が主因である。しかも、重金属などを含んだ「茹で滓」産廃が増え、深刻な環境破壊を引き起こしている。世論の高まりなどで、このような“外部コスト”は今後、少しずつ石油開発に転嫁されていくだろう。
このように、石油の主流は従来のようなイージーオイルから、徐々に“手間賃のかかる石油”へと移行しつつあるのが現実だ。一方で、新興国や途上国のモータリゼーションにより、需要のほうは確実に増えていく。近い将来、古い油田は生産量が落ち始め、イージーオイルの供給だけでは需要に追い付かなくなるだろう。これからそのギャップを埋めていくことになるのが、この種の“手間賃のかかる石油”なのだ。
今のところ、この種の石油開発はイージーオイルに支えられているため、現在の採算ラインに留まっている。だが、その構造が崩れ始めると、石油開発の平均採算ラインはさらに切り上がっていくだろう。たとえば、プラットホームの建設から掘削に至るまで、今の何十%増もの費用がかかるようになる。すると、それが他のエネルギー資源の掘削コストや物価全体に波及し、再び石油開発費に跳ね返るという、負のスパイラルが始まる。石油が文明の基幹資源である以上、このような悪循環は今のところ避けようがない。
石油の枯渇自体はまだまだ遠い。よって、本来のピークオイルに関しては要議論だと思う。だが、“イージーオイルのピーク”に限っていえば近々、確実にやってくる。いや、「すでに数年前に訪れた」と見なすべきなのかもしれない。
すでに始まっている“新石油危機”
以上のように、「石油需要の急増」と「イージーオイルの減少」が同時期に訪れ、しかも状況が悪化しつつある。今後、世界的な景気後退でいったんは調整局面に入るかもしれないが、このような需給逼迫が価格の高騰要因であることは言うまでもない。
モノの値段というのは、しょせんは需要と供給の関係で決まる。第二次石油ショック以降、四半世紀もの間、1バレル20ドルから40ドルのレンジ内で安定していた原油の先物価格が今では80ドルから100ドル前後に切り上がったのも、底流にはこの需給バランスの問題があり、その将来のリスクに対して投機家心理が反応しているものと考えられる。
むろん、その投機要因自体も無視できないし、それどころか今後の需給バランスの悪化はファンドにとってますます格好のつけ込み材料となるに違いない。年金などを原資とした巨大ファンドがレバレッジで取引するため、08年の史上最高値のように、投機資金の流入次第であっという間にプレミアムがつく。石油の大半が政情不安定な中東にある点も要注意だ。独裁政治や経済格差を原因とする社会不安、資源ナショナリズム、イランと米・イスラエルとの対立、パレスチナ問題、新規の開発や設備投資への消極傾向…あいにく悪い材料には事欠かない。とくに地政学リスクほど投機家心理を刺激するものはなく、市場リスクと相乗するだろう。今や石油はこの二つの爆弾を常時抱えている状態だ。
このように、今潜在している危機は、単純な需要と供給側の構造的問題だけではない。それに中東特有のリスクと投機熱が被さっているのが現実だ。これらの要因から免れられない以上、石油の枯渇はまだ先だとしても、IEAが「30年度には1バレル200ドルを超えるかもしれない」と警告しているように、今後、石油価格は確実に上昇していくものと覚悟したほうがいい。従来の“安い石油”の時代は終わったのだ。
では、危機の顕在化はいつか。実はすでに始まっている。その証拠が毎年のように切り上がっていく化石燃料の輸入代金だ。現在、ほぼ20兆円であり、しかも7割以上が「石油代(原油+石油製品輸入-同製品輸出分)」なのである。
しかも、この代金は印刷機を回して捻り出せる代物ではなく、外貨から支払っている。ということは、原油価格の上昇はそのまま国民が汗水たらして労働したその付加価値分の蒸発を意味する。しかも、それは単に直接的な損害に留まらない。むしろ、他のエネルギー資源価格と物価全体を押し上げることによる間接的な損害のほうが大きい。光熱費や様々な製品の価格が値上がりすると、当然、世帯の可処分所得は減り、消費は縮小する。製造業の国際競争力は低下し、設備投資は抑制される。発電部門はまだ燃料をミックスしている分だけマシかもしれないが、石油依存率98%の運輸部門(*残る2%は電力で鉄道用)などは半身不随に陥るだろう。単に物流コストの問題ではすまない。建機・農機・漁船の動力費も上がることから、建設業や第一次産業までが打撃を被るのだ。
仮に原油価格が倍になれば――将来的に十分想定される――約30兆円の支払いだ。貿易収支の利ざやなど、あっという間に吹っ飛ぶだろう。いくら働いても目の前でそれ以上の国富が吸い取られていく“交易損失”の悪夢だ。そうなれば、わざわざ石油や原材料を海外から購入して自動車やハイテク製品を作る意味がなくなり、加工貿易立国モデルそのものが崩壊する。日本の場合は食料自給率の低さまでが絡んでくる。10兆円の食料・原料品輸入費までが倍になればどうするのか。いや、どう生きてゆくのか。
困ったことに、この「新石油危機」は徐々に進行し、かつ円高もあって、われわれは“茹でガエル”のように自覚できないでいる。石油の値上がりは、われわれにとってまったくの「純損」だという意識を持つ必要がある。仮に輸入費が1兆2千億円高騰すると、赤ん坊から老人まで国民一人あたり1万円搾取されているのと同じなのだ。これは課税ですらない。なぜなら、税金なら再び国内に投資されたり、再配分されたりする。だが、外国に支払うエネルギー代の場合、本当にただの損害でしかないのだ。
04年から始まった石油価格の上昇により、今では国全体での化石燃料の輸入費もほぼ倍になってしまった。一番割りを食っているのは一般のドライバーや運送業者である。前者は家計を直撃し、後者は流通コストに転嫁されている。つまり、約10兆円の超過支払いは結局、家庭・企業の負担だ。これは消費税でいうと、ほぼ4%分に相当する。見方を変えれば消費税はすでに値上げされていたのだ。ただし、その上納先が日本政府ではなく、海外の国営企業(外国政府)や資源大手のため、一切還元されないという違いはあるが。
いったい、10兆円あればどれだけの事業ができるだろうか。東京湾アクアラインの総工費が1兆4千億円といわれている。これを国内投資に回せば、何十万という雇用を作り出せるだろう。しかも、石油価格の上昇以降に拡大し続けているこの純損により、家計も企業も需要を抑制してきたので、それが常に失業圧力・人件費削減圧力・デフレ圧力と化している。この先、石油がさらに値上がりしていくとすれば、今後20~30年というスパンで見た場合、トータルでどれほどの損害を被ることになるのだろうか。おそらく、それは「何百兆円」という想像を絶するほどの巨大な搾取であり、国富の流出となるだろう。
石油に依存し続ける限り日本の没落は避けられない
日本の置かれている状況は、アパート暮らしに例えると分かりやすいかもしれない。それまで月々の家賃が10万円のため、生活に少し余裕が持てた。ところが、契約更新の度に値上げされていく。このまま15万になれば余裕がなくなるし、20万になったら家計が完全にマイナスに転じる。かといって、年収(GDP)は上がるどころか、むしろ下がり気味だ。いったいどうすればよいのか…というのが今の日本の立場なのだ。
まさか、「枯渇は遠い未来の話だから安心だ」などと、日本人が言えるセリフではないだろう。それは産油国のセリフであって、われわれが口にすると、家賃を搾取されているアパートの住人が「建物の寿命が長いから安心だ」と喜んでいる滑稽さに似てくる。
日本はこれまで円高や自動車の燃費向上で乗り切って来たように思える。しかし、それは損害を小さくしただけで、問題そのものの解決には至っていない。このままアパート暮らしを続け、家賃の恒常的上昇に黙って耐え、搾取を甘受し続けるのか。それとも別の住まい(石油とは違うエネルギー源)を探し、引越しするのか。あるいは、持ち家(自給率向上)に向けて思い切った投資を始めるのか。
唯一はっきりしていることは、石油にしがみついている限り、われわれは今後とも確実に生活水準の切り下げを余儀なくされ、どんどん貧しくなっていくということだ。ジリ貧とはよくいったもので、われわれはなんだか自分でも原因がよく分からないまま、ジリジリと貧しくなっていく。
このように、石油依存およびエネルギー自給率の低さが「国家的リスク」として急速に顕在化しつつある。しかも、石油の大半はわれわれの手の届かない場所にあり、市場・地政学リスクもコントロール不可能なものだ。つまり、石油に依存している限り、今後とも日本の経済や社会そのものが人質にとられ続け、まるで水面の木の葉のように運命に自らをゆだねるしかない。「円が強い」とか「日本のエネルギー利用効率は高い」などの長所は、問題を低減する効果はあっても、本質的な解決には貢献しない。一時的な供給遮断に備えた石油備蓄も、さしたる防波堤にも慰めにもならならない。この先、石油が高騰していけば、これらが単なる自己満足に過ぎなかったことに早晩、気付かされるだろう。
しかも、たまたま時期的に「少子高齢化」という日本特有の事情が重なる。すでに人口の減少は始まった。将来的に高齢者層を支える若者の数がどんどん減っていく。当然、若年層の負担は増していく。すでに財政は逼迫し、増税は不可避だ。それにエネルギー代の高騰と物価高が追い打ちをかけるのである。よって今後、われわれは貯蓄の切り崩しと生活水準の切り下げを余儀なくされ続けるだろう。
上下のブレこそあるものの、石油価格の上昇トレンド自体に当面変化はないだろう。ということは、これから数十年の間に、おそらく何百兆円という国富が日本から流出していく事態が予想される。すると、少子高齢化と相まって、誰もが想像しなかったほどの非常に早いスピードで日本が衰退していく可能性も考えられる。
アメリカがサウジアラビアに取って代わる日
さて、以上のようなことを、私は最近まで考えていた。ところが、年が明けてから突然、もしかして楽観的すぎたかもしれないと思うようになった。残念ながら、現実はこんな程度ですまない可能性がある。
すべてはアメリカのせいだ。アメリカはイラク占領統治の失敗後、エネルギー政策を大転換し、石油の中東依存度を下げる政策を続けていた。その結果、今ではイランがホルムズ海峡を封鎖したとしても、生命線を断たれるわけではない。これは地中海ルートをもつEUも同じである。では誰が最大の被害者なのか? 同海峡依存率9割の日本である。
アメリカもそんなことは承知で、わざとやっているのだ。これは事実上の日本狙い撃ちである。又は、韓国や中国も甚大な経済被害を受けることから、東アジアが標的なのかもしれない。「アメリカは恐慌に入ったので毎度の手口で戦争景気を演出しようとしているのだ」とか、「イランの保有する弾道ミサイルに核弾頭を積めばホロコーストの再来になりかねないので、なんとしても核開発を阻止したいのだ」といった見方がある。だが、目的はどうであれ、現実として起こることは「イランによる海峡封鎖」であり、「日本が最大の被害を受けること」であり、そして「石油のさらなる高騰」である。おそらく、1バレル200ドルに近づいても不思議ではない。
私もはっきりとは知らないと断った上でのことだが、環境規制のかかっているアラスカやメキシコ湾の石油埋蔵量はサウジアラビアに匹敵すると聞いたことがある。プレミアムでガソリンが暴騰すると、アメリカ市民は「なんとかしろ」と訴えるだろう。だが、これで政府は堂々とその規制を解除できる大義名分を手にすることができる。アメリカはイランとの緊張状態を持続させるかもしれない。あるいは戦争をはじめて、ペルシア湾岸の石油インフラを破壊してしまうかもしれない。すると、日本はアメリカの石油にすがる他に生きる道がなくなる。もしかして、アメリカの方から恩着せがましく、「助けてあげよう」と言ってくるかもしれない。「われわれはトモダチ同士じゃないか。ところで、1バレル200ドルでどうだ?」と。むろん日本政府は涙を流して感謝するだろう。かくして、日本が40年かけて積み重ねた対米黒字を、アメリカはたった十年で取り戻してしまうのだ。
アメリカは今、盛んにイランを挑発している。「イランが国際社会を挑発している」のではない。インドもパキスタンも北朝鮮も仮想敵国に対抗するために核兵器を開発したし、それは正確には国連安保理常任理事五カ国の過去をなぞったに過ぎない。なんでイランばかりがここまで制裁を受けねばならないのか。アメリカは、戦前に日本をなぶったようなやり口で、イランのほうから先に手出しするように仕向けている。あるいは、イラン人が忍耐強かったら、またぞろアメリカ人が「リメンバー××!」と叫びたくなるような事件がでっち上げられるかもしれない。だが、その結果として、戦場にさせられる中東諸国以外では、日本の独り負け、いや、韓国や中国も含めた「東アジア負け」に繋がっていくのだ。われわれは戦後、営々と溜め込んだ富を合法的に奪われるのである。これを防ぐためには、欧米も道連れにする方法を考える必要がある。
2012年01月24日「アゴラ」掲載
(2016年8月付記:石油価格は14年後半から暴落したので、この記事の予想も外れたようです。このように、外れた予想も再掲したいと思っています。ただ、中東問題は依然として地政学リスクも含んでいますから、こちらのほうも注視していく必要があるでしょう)
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