そもそも地球温暖化人為起源説の真偽を論じることは、一般人には分を超える。当該問題に関しては以下の客観的事実が存在している。
1・地球の平均気温は上昇している。
2・大気中のCO2濃度は年々増加している。
3・CO2は温室効果をもつ。
4・気候変動は自然現象として起こり続けてきた。
1から3だけならば、三段論法よろしく「よって人類が排出する温室効果ガスが温暖化の原因である」という結論に早々導かれるが、4があるために科学界の見解が分かれている。今では南極の氷床コアの分析から、一万数千年前は現在より6度も気温が低く、逆に十数万年前は6度も高かったことが分っている。自然現象として過去12度もの幅が生じている。このように地球の平均気温は一定ではなく、何らの人為的関与もなしに自然に揺らぎ、また氷期と間氷期を繰り返すことで海面も上下してきた。
気候変動は自然界全体の循環・相互作用の結果として生じる。関係するのは、太陽活動、氷期サイクル、温室効果ガス、大気・海洋間のCO2のやり取り、地球磁場、海洋循環、海洋・陸域の生態系、水蒸気(雲)、火山活動、エアロゾル(大気汚染物質)、自転軸の歳差運動、北極振動、等々である。このように、様々な要因が複雑に絡み合うため、正確なメカニズムは研究中であり、完全には解明されていない。IPCCは第四次報告書で温暖化を「ほぼ人為によるもの」と断定したが、結局のところ人為説も自然説も仮説の域を出ず、論争中であり、ましてや気象学者でもない素人に真偽が判定できるはずもない。
ただ、一つ断言できることは、温暖化の進行が“有害”であると仮定した場合、「CO2の増加はリスク要因である」ということだ。もっとも、北極と赤道帯の動植物相を比較すれば、生命はどうやら暖かいほうを好むらしいが。
さて、09年9月、鳩山由紀夫氏は総理に就任して間もなく国連気象変動サミットに出席し、国際社会に対して「20年度までに90年比で温室効果ガスを25%削減する」と高らかに宣言してみせた。この目標がどれほど大変なことか。90年度の基準年排出量は約12億6130万トンだ。この25%減といえば「9億4598万トン」。これは現在の排出量の約7割なので、実質「3割を削減する約束」に他ならない。一応「すべての主要国による公平かつ実効性ある国際的枠組みの構築や意欲的な目標の合意」を「前提」としているが。
懸念されるのが排出権の購入だ。仮にこの先、鳩山公約が記された新議定書が締結され、法的拘束力を生じたとする。すると、国内での努力で約3割削減の中期目標を達成できない場合、その「未達分」を排出権取引によって海外から購入せねばなるまい。国内削減分を俗に「真水」というが、当然この真水分が少ないほど、その購入費も膨らんでいく。民主党下の研究機関はすでに「買ったほうが家計負担が少なくてすむ」と購入にお墨付きを与えた。
だが、「排出権の購入」とか「排出権取引の拡大」といった言葉は表現こそ中立的だが、国際間取引の中身は「日本の(納税者の)一方的損失」を意味している。仮に日本が1兆円の貿易赤字を出したら大問題になるだろう。ただ、少なくともその場合、原材料や商品は手元に残る。だが、外国からの排出権購入ではそれすら残らない。なぜなら、「空気」の購入代金だからである。つまり、排出権の購入の正体とは、貿易赤字よりも始末の悪い「国家としての純損失」だ。
現在、京都議定書の公約「90年度比6%削減」のレベルでも未達が発生し、日本は年間で約2千万トン分=数百億円の支出を余儀なくされている。しかも、同公約は「08年以後の5年間平均値で6%削減」なので、12年度までは毎年、排出権を購入し続けねばならない。最終的には累計で2千億円に達するとの政府試算が出た。この国家としての未達分は、いわば「国民負担」だ。
企業の負担も忘れてはならない。産業界は京都議定書の目標達成のための省エネ努力で、すでにかなりの雑巾を絞った。よって今後、またしても排出義務を追加されると、自社で省エネできない分として、一社当たり数億から数十億円もの余分な支出(排出権購入)を余儀なくされる。電力会社に至ってはすでに1千億円も支払わされた。企業にとって自社設備の省エネ投資ではないこの種の支出はまったくの無駄金であり、純損害でしかない。
排出権はガス1トンあたり8から30ユーロで推移している。国際的な排出権取引市場はすでに投機の対象となっており、日本がカモになると分かれば、マーケット心理で一気に相場が上昇するだろう。この期待値分を含め、最終的に「ウン兆円」という出費になることも覚悟せねばならない。
だが、これではまるで敗戦国の賠償金ではないか。世界で一番省エネに努力してきた日本が、なぜそれを怠けていた国から空気を買わねばならないのか? しかも、民主党の自縄自縛ときている。「アニメの殿堂」に117億円もの税金をつぎ込むなと主張した政治家たちが、空気の購入に何兆円もの税金をつぎ込むことには何ら痛痒を感じないのか。日本人の血税はあくまで国内の社会資本に投じるべきであり、「中期目標の達成のためには海外からの排出権購入が結果的にもっとも安くつく」という考えは極めて安易で倒錯している。
これ以上、鳩山公約に拘泥していると、来たる新議定書は、世界でもっともエネルギー利用効率の高い日本を不当に環境敗戦国に貶める“環境ベルサイユ条約”と化しかねない。
以上のように、CO2の排出は温暖化のリスク要因であるが、それを削減するための国際協定が不平等やアンフェアであってはならない。よって、温暖化対策で日本がとるべき立場として、私は以下の三つを支持する。
1・一切の義務を背負わない。仮に背負うとしても海外からの排出権購入が決して生じない範囲に留める。
2・国際社会が何を言おうが、中期目標の公約は堂々破棄する。
3・ただし、国益のために石油消費の削減(=CO2の削減)は粛々とやる。
2011年12月15日「アゴラ」掲載
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