物質的に「豊か」になるとは、どういうことなのか。それはエネルギーや資源がもっと必要になる、あるいはそれを恒常的に大量消費するようになる、ということだ。
現在、北米・EU・日本、その他の準先進国もあわせた人口はちょうど10億ほどだ。これらの国々の経済はすでに成熟した。今やその3倍以上の人々が新たに先進国型のライフスタイルを目指している。これは決して一過性のものではなく不可逆の現象である。それまで指をくわえて先進国型の豊かな暮らしを眺めていた人たちが、続々と経済的に這い上がってくるのだ。その結果として、これらの国々では雨後の竹の子のように製造工場、火力発電所、製鉄所、石油化学工場などが建ち始めている。また、物流が活発化し、トラック・船舶・ジェット機などによる輸送の大規模化が進行している。
だが、とりわけ着目すべきは「モータリゼーション」である。新興国では自動車が急増している。09年、中国の新車販売数は1360万台に達した。対してアメリカは約1千万台に留まり、米中は逆転した。翌10年には、中国のそれは1806万台の史上最多を記録した。これはアメリカのピークである00年の1740万台をも上回る。しかも、中国の人口当たりの自動車普及率は、まだ先進国の十分の一程度にすぎない。続くインド、ブラジル、ロシアでも、新車販売台数は年間数百万台に達した。インドとブラジルのそれが日本を追い抜くのも時間の問題だ。インドはさらに中国に近いレベルを目指していくだろう。
しかも、こういった自動車の急増はBRICSに限らず、世界的な現象だ。東南アジアでも中東でもメキシコでもアフリカでも、人々は豊かな生活に憧れてマイカーを持とうとする。OECD諸国の場合、自動車販売は新旧サイクルだが、新興国や途上国では多くが純増だ。世界の自動車市場は年々拡大し、今では年間7千万台に近づきつつある。
だが、単純に喜んでばかりもいられない。なぜなら、このモータリゼーションこそ石油の消費を急増させ、かつその消費サイクルを固定化させるものだからだ。実は原油を精製して得られるガソリンの量は元の四分の一にすぎない。つまり、ガソリン1ℓにつき原油4ℓが必要になる。すると、単純に考えて、自動車の増加がどれだけ原油のニーズを加速させるかが分かる。むろん、運輸燃料だけでなく、タイヤの原料であるゴム製品やガラス窓、シートやプラスチックを作るのにも大量の石油が必要だ。燃料を恒常的に消費し続ける自動車社会がいったんでき上がると、以後、その国は石油への依存を余儀なくされる。
今や二割以上のペースに達した中国とインドの自動車増加率が、両国の石油消費量に加速をつけることは想像に難くない。10年度、中国の石油消費量は4億トンを突破した。世界全体の生産量がちょうど40億トンくらいなのでほぼ1割だ。中国は93年に石油の輸入国に転落して以来、徐々に依存度を上げ、07年には50%を突破した。20年度には60%を越すと予測されている。近年、胡錦濤政権はかつての田中角栄も及ばない猛烈な資源外交を展開している。国策として権益獲得に乗り出し、欧米大手が二の足を踏むアフリカの政情不安定地にも踏み込み、向こう数十年分の石油を確保しようと躍起になっている。
今後、先進国であるOECD諸国の石油需要は減っていく。だが、それ以上に新興国・途上国で増えていく。現在、約1兆4700億バレルの確認埋蔵量に対して、世界の1日の石油消費量は約9千万バレルだ。これが35年度には約1億バレルに伸びると、国際エネルギー機関(IEA)は予測している。一方、米エネルギー情報局(EIA)は約1・1億バレルになると予測している(*後者の消費ペースだと可採年数は40年程度だが、非在来型も含めれば石油はまだ数百年分はある)。
しかも、問題は石油だけではない。高炉、産業用熱源、火力発電所、都市ガス、交通・輸送と、あらゆる場面で様々な化石燃料をシステマティックに消費し続けるのが「豊かな」暮らしであり、現代文明だ。先進国がそうであったように、続く国々もまたエネルギーと資源を大量消費するシステムを社会に固定化させつつある。そして、一度整えたインフラは容易には変えられない。よって、ひたすら「爆食」あるのみだ。
いったい世界はどこへ向かおうとしているのだろうか。近い将来である2030年の世界を概観してみよう。
国連の世界人口推計等によると、世界人口は83億人。中国とインドがどちらも約15億人だ。以降、中国は高齢化に転じるか、インドはさらに増えていく。人口ボーナス期(*就労人口が子供・高齢者の倍以上)を過ぎた中国は低成長時代に入っている可能性が高いが、インドはまだ成長の真っ只中にある。何よりも、足して約30億人の両国のエネルギー需要は、現在のほぼ倍となっている。すでに両国の石油需要は急増を始めた。
IEAの予測によると、30年度には中国の石油需要が世界の約3割を占め、約8割を輸入に頼っている。一次エネルギー需要では世界の2割を占めると予想される。インドがこれに続く。ベトナムやインドネシアなど成長著しいアセアン地域も、30年度にはエネルギー需要が05年度比で3倍近くになると予測されている。
また、世界的に都市化が進行する。都市人口は6割を超す50億人だ。世界全体のエネルギー需要は、05年比で1・5から1・6倍以上になると考えられる。この増加分の大半が依然として新規の化石エネルギーに頼ると、IEAは予測する。
以上が2030年の様相だ。特徴的なのは、人口とエネルギー需要の急激な伸びだ。これらの大半を占めるのが、むろん急激に経済成長を遂げている新興国や途上国である。
世界人口は2050年に約91億人に達するという。ただし、増加率は鈍化し、それから数十年以内にピークに達して、以後は減少に転じる可能性が高いと予想されている。つまり、世界のエネルギー需要は「今世紀の後半まで伸び続ける」と覚悟したほうがいい。昨今の“先進国同時没落”と中国経済の減速のように、いったん世界経済が調整局面に入るとしても、中長期的にはエネルギー資源の上昇トレンド自体は変わりないと思う。
現在、経済のグローバル化によって先進国中間層は割を食ってはいるものの、途上国の何億人もの人々が新たに中間層の仲間入りを果たしつつある。世界全体として「豊か」になりつつあるのはよいとしても、そのせいで資源ストックの爆食に拍車がかかっている。折りしも、08年10月、世界自然保護基金(WWF)がこんな警鐘を鳴らした。
「資源需要はすでに80年代半ばには再生産できる供給量を上回っており、このペースで増加すると2030年代には地球2個分の資源が必要になる」と。
2012年01月22日「アゴラ」掲載
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