今のメガソーラーは“メガ負債”となる

エネルギー問題
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前回、『自然エネルギーへの幻想を助長する「原発何基分」という表現』という記事を書いたところ、筑波大学の田代克様から以下のようなご指摘がありました。

現在原発が止まって問題になっているのは夏のピークに電力不足になり停電を引き起こすことです。夏のピークというのは雨の日ではなくて晴れの日でしょう。年間発電量としてはおっしゃる通り原発1基分に満たないと思いますが、ピーク電力対策としては原発6基分の働きをすることになります。

ご意見ありがとうございます。私の説明不足で申し訳ありません。残念ですが、これはよくある勘違いの一つなのです。

最近は減りましたが、実はこれとよく似た説は、数年前まで一部のエネルギー専門家が盛んに吹聴していたことなので、田代さんがお間違えになったのも、無理からぬことかと、お察しします。仮に600万kWの太陽光発電がピーク対策として「原発6基分の働き」をしてくれるのであれば、私もどれだけ代替案に悩まなくてすむことかと思います。

まず、「現在原発が止まって」いるがゆえに「夏のピークに電力不足になり停電を引き起こす」可能性については、田代様と問題意識を共有できるかと思います。しかしながら、「夏のピークというのは雨の日ではなくて晴れの日」という点が、事実と微妙に異なるのではないでしょうか。



夏ピークには曇りの日もある

というのも、夏ピークは、実際には1ヶ月以上続きます。よく言われるように「ピークは真夏の数日間だけ」ではないのです。それはグラフの頂点部分です。これは自身の生活実感と照らし合わせてみれば、容易に理解できると思います。「8月は同じような暑さが毎日のように続くのに、どうしてピークは真夏の数日間だけなのか?」と不思議に思われるでしょう。むろん、その間の多くは晴れますが、当然、曇りや雨の日もあります。

その時の、自身の体験を思い起こしてみてください。曇りの日でも、真夏は非常に蒸し暑いものです。エアコンなしではやっていけません。つまり、太陽が照っていないからといって、家庭やオフィスの人々がエアコンを止めるわけではありません。夏ピークの時期は曇りの日であっても大幅に電力需要が下がるわけではないのです。

しかし、曇りの日に、600万kWの太陽光発電が同出力の働きをしてくれるでしょうか? 現実には、太陽光発電の、晴天の日と曇りの日の出力落差は、人々が想像する以上に大きいです。「曇り度」にもよりますが、晴れた日に比べて、四分の一、五分の一になったりします。すると、3~400万kW分もの欠落を、結局は火力や水力で埋めねばなりません。しかも、「晴れ時々曇り」というように、同じ一日の中でその現象が起こるのです。対して、600万kWの原発はずっとその出力を維持することができます。

つまり、600万kWの太陽光発電が、夏のピーク電力対策として、原発6基分の働きをするということは、とうていありえないことなのです。しかも、厳密に「ピーク対策としての電源」という基準で比較すると、本当はもっと分が悪くなります。なぜなら、ピーク期間中にも原発はあくまでベースとして24時間の発電を担っているからです。ピーク対応を担っているのは日中であれ季節であれ火力・水力ですが、今の太陽光発電は晴れた日に限り、その真似事ができるにすぎません。

これは前回の記事で、原発と太陽光は、「量的な供給能力だけでなく、質的なそれでも等しいとは言い難い」と述べた通りです。質的に近づけるには、どうしても蓄電池とセットにして安定電源化(ノーマル電源化)を図る必要があります。むろん、「火力と組み合わせて出力変動をカバーすればよい」という意見がありますし、実際にこれは一対策として実施されていますが、冷静に考えればある恐ろしい事態を招く欠点があります。

やはりメガソーラーはまだ早い

ここに1万kWのメガソーラーがあり、特定地域に給電していると仮定しましょう。当然、曇りや雨の日には、極端に発電量が低下します。夜間にはゼロになります。蓄電池があれば、晴れた昼間に余剰電力をたっぷりと充電しておき、夜間や雨の日に放電することができますが、その設置が見送られたとします。よって、欠落分を埋めるためには、どうしてもスイッチングの利くバックアップ火力や水力が必要となります。

では、このメガソーラーが1千基、2千基…と増えていくと、どうなるでしょうか。たしかに、よく晴れた日には1千万kW、2千万kWの出力を発揮します。しかし、夜になると、やはり別の電源を作動させねばなりません。つまり、「蓄電池なきメガソーラーが増えれば増えるほど、それに比例してバックアップ電源の設置もまた強いられる」というわけです。これは恐るべき法則です。なぜなら、せっかく国家規模電源にまでメガソーラーを増やしたところで、火力や水力の設備を少しも減らすことができないからです。

以上は、現実をやや単純化したストーリーですが、基本的に蓄電池とセットにすることで「自立電源」として機能させなければ、大規模化したメガソーラーが社会に二重投資や過剰設備を強いてしまうのも事実です。しかも、「経済性」という観点からすると、本当はそれ以前の問題ですらあります。

今現在、メガソーラーの建設費は、出力1万kWあたり50億円前後です。ということは、電力需要の1割に相当する約1千億kWhを担うためには「50兆円」もの建設費が必要になります。仮に安定電源化するのであれば、さらに蓄電池代としてプラス10兆円以上が必要になると思われます。

ただし、留意点が二つあります。一つは、量産効果が生じるので、実際の電源整備ではこの何割引きという価格に落ち着くこと。もう一つは、これは総コストではなく、イニシャルコスト(導入費)である、ということ。電源の経済性は「総コスト基準」で判断するものです。太陽光や風力は以後の燃料費がなく、無人運営が可能である分、ランニングコストはとても安いです。逆に火力などは初期の導入費が安くとも、燃料費が膨大なため、それが高くなります。しかし、このコスト構造に注意しても、やはりメガソーラーはその他の電源に比べて数倍ほど不経済です。

よって、費用対効果を考えると、メガソーラーを作れば作るほど消費者が貧しくなっていくのが事実です。現実には、電力需要の1割の整備(≒約50兆円の建設費)に届く前に、社会のほうが負担に耐え切れずに頓挫してしまうでしょう。

このように考えると、メガソーラーは今現在、商用電源としては、ありえない選択だといえます。しかし、その「ありえないこと」を可能にしてしまうのが、7月に施行予定の通称・再生可能エネ法なのです。国際的にはFIT制度と呼ばれますが、日本版は太陽光・風力・小規模水力・地熱・バイオマスによる発電力の全量買取を電力会社に義務付けるものです。そこにあるのは、「日本は太陽光や風力の普及に関して世界から遅れているので、爆発的に普及させるのが正しい」という政治の論理です。

おそらく発電ベンチャーは、他の選択肢よりも、メガソーラー建設に殺到するものと思われます。なぜなら、土地さえあれば数ヶ月後には発電所が立ち上がり、売電収入が生じるからです。彼らにとって「投資をいかに早く回収するか」が重要です。しかも、法律の条文には「蓄電池を設置せよ」などと、どこにも書いていません。よって、義務ではない以上、わざわざ設置する必要はありません。また、利益の最大化のために、中韓製パネルの導入で最大経費であるパネル価格を抑え、かつ工期の短縮を図るでしょう。立ち上げ後は無人遠隔運転です。地元の雇用なんてほとんどありません。そして、お天気まかせの「垂れ流し電力」を、電力会社に買い取らせるわけです。

詳しくは『孫正義氏の「電田プロジェクト」は本当に駄目なのか?』の「前半・擁護編」「後半・批判編」を、合わせてお読みいただければと思います。私は、自然エネルギーを着実に普及していく上で、日本は最初のボタンの掛け違いをしてしまったのではないかと危惧しています。

このように、「600万kWの太陽光発電が原発6基分の働きをするのか」という話からやや発展してしまいましたが、答えとしては「否」と言わざるをえません。ただ、原発が太陽光にない長所を持つように、太陽光もまた原発にない長所を持っています。たとえば、「どこでも発電」が可能であり、「個産個消」が可能であることです。下手に発電量や供給性能で原発と競うのではなく、この太陽光にしかない長所を伸ばし、生かす電源整備をしていく、という発想が大事だと思います。

ところで、ある人はこう擁護します。「今は少しでも原発の代わりが必要なのだ」「自然エネルギーを少しでも増やしていくのが正しいのだ」と。本当にそうでしょうか。その点に関して、もう少し深く突っ込んでみる必要がありそうです。

次回は、

一、原発の代わりが務まるのは太陽光ではなく地熱である。

二、それでも太陽光発電こそがエネルギー問題解決の切り札となる。

の二点について詳述したいと思います。

2012年04月04日「アゴラ」掲載

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