メタン文明 第3のメリット
天然ガスの資源量は十分にあり、かつメタン文明へのシフトでエネルギー安保が著しく向上することは分かった。だが、海外に供給を依存している事実には代わりない。ロシアとの関係もあるが、そういった現実はどこかわれわれに不安を抱かせるものである。
現在、日本のエネルギー自給率は7%にすぎない(09年度統計)。この値は一次エネルギー比で石油が大きな割合を占めている限り、あまり向上できそうにない。だが、メタン文明下ではこの比率を大きく向上できる可能性がある。これは中東に石油を依存する他ない現状からは、まったく考えられない長所ではないだろうか。
これがメタン文明の「6つのメリット」のうちの三番目である。
まずは「地下資源」編から見ていこう。
メタンハイドレート
今日、もっともよく知られるようになった国産の天然ガス資源が、日本の領海・EEZ内に膨大に存在するメタンハイドレート(氷状メタン)だ。すでにメディアで繰り返し取り上げられているので、説明は最小限に留めておきたい。
官民学のメタンハイドレート資源開発研究コンソーシアムは、日本近海に大量のメタンハイドレートの存在を確認している。周辺海域だけで国内需要の百年分の資源量があるという。コンソーシアムは十余年に及ぶ探査で、詳細な分布図を作成済みだ。海底の砂と泥が交互に重なる砂泥互層の、この砂層にメタンハイドレートが入りこみ、濃集帯を形成しているという。また、海底にむき出しになったものもあるらしい。従来は四国のすぐ沖にある南海トラフなどが注目を浴びていたが、日本海側にも豊富に存在するという。
大資源はすぐそこにある。だが、問題は掘削コストである。現状の市場価格から考えると、1㎥あたり数十円以下で採取できないと商用ベースに乗らない。だが、メタンハイドレートは固体で、海底の表層に広く浅く分布している。パイプを突き刺せば圧力で自噴する従来のガス田とは異質であるため、まったく異なった採取法が必要だ。現在の掘削技術ではペイしないので、今のところ「可採埋蔵量」からは除外されている。
だが、08年、コンソーシアムはカナダの永久凍土層で行った陸上試験で、「減圧法」を使った世界初の1万㎥以上の連続生産に成功した。そして、この記事を書いているまさに今、(独)石油天然ガス・金属鉱物資源機構(JOGMEC)などが、18年度の商業化を目指して愛知県沖の海底で試験的な採取に取り掛かっている。
ただし、海底下でメタンハイドレートがいかに安定して存在しているといっても、その採取から需要家へ届けるまでの間、漏洩がないように注意する必要がある。未知の資源に最初にアタックする時には慎重さが必要だ。海底下のメタンが何らかの原因によって一気に地表に放出されれば、地球は超温室化し、山脈以外は海の底に沈んでしまうだろう。ただ、メタンハイドレートの化学的な特性から海底にある間は氷状を維持するし、専門家集団が十年以上にわたって調べているので、信頼して任せてよいのではないだろうか。
幸い、今の技術ではガス田から消費端までほとんど気体の漏洩がない。水田や畜舎のほうがよほどメタンの放出源になっている。そして、とったメタンは完全に燃やして炭酸ガスに変えることが肝要だ。エネルギー利用した場合、カロリーあたりのCO2発生量が石油・石炭よりも少ない。よって、主役をメタン(天然ガス)にチェンジすることによって、石油文明時代よりもむしろ地球温暖化の進行を抑えることができる(つまり、陸域の永久凍土下からのメタン発生も遅らせることができる)。
南関東ガス田など
多くはないが、日本の陸域にもガス田がある。『エネルギー白書2010』によると、08年度の日本の天然ガス輸入量は7211万トンであり、需要の96・4%を占めている。逆にいえば、3・6%分の271万トンは歴とした国産なのだ。
国内のガス田で最大のものが、東京から千葉にまたがる「南関東ガス田」だ。民間で最大の権益者である関東天然瓦斯開発によると可採埋蔵量が約3685億m³ということだが、最新の知見として、産業技術総合研究所は約6843億m³に修正している。
日本の年間輸入量にほぼ相当するLNGが気化した場合、体積は約1千億㎥となる。つまり、南関東には日本の年間消費量の7年分弱の天然ガス資源が眠っていることになる。一方、東京ガスの年間販売量が約140億m³なので、地元消費を基準にした場合、可採年数は約49年となる。この程度の資源量では、自給率向上のほんの一翼を担うことしかできないが、それでもたまたま首都圏の真下ということで大いに使い道があるのも事実だ。
果たして、これだけの地下資源を眠らせておくべきだろうか。それとも積極的に使うべきだろうか。海底に膨大なガス資源がある以上、関東でガス田をキープしておく意味は小さいと私は思う。また、今は円高で海外の権益を買い付けることができるとしても、日本の財政が破綻したら反転、円安化するのは必至だ。私は数年後に悲鳴が上がることを予測し、自給率向上というよりも、むしろ「景気対策・外貨抑制・雇用創出」の観点から開発積極派である。これに関しては次回に詳述したい。
その他にも、日本には有望なガス資源がある。新潟ガス田は約1千億㎥の埋蔵量だ。また、メタンハイドレートの陰に隠れて注目度が低いが、非在来型ガスの一種であるコールベッドメタン(炭層ガス)の資源量にも着目したい。北海道の石狩炭田の埋蔵量は数百億㎥ともそれ以上とも推定されている。日本全国の資源量ともなると、途方もない量となる可能性を秘めている。今後の調査の行方に注目したいところである。
ガス版の再生可能エネルギー法を提案する
以上、仮にメタンハイドレートの可採化と南関東ガス田の掘削が進めば、日本は天然ガスの自給率を上げつつ、沈滞する国内の空気を吹き飛ばすこともできよう。
しかしながら、次のような懸念もあるはずだ。
「たしかに、ガス資源は何百年分もあり、自給率も向上させられるので、ガスをメインエネルギーとする社会の息は長いかもしれない。だが、枯渇性資源に依存していることには変わりない。再生可能エネルギーを増やしていかない限り、結局は持続不可能ではないか」
もっともな心配であり、私も同意見だ。だが、わが国にとって、ガス文明のメリットといえば、息が長いことや自給率の上昇だけでない。実は、日本はバイオマスが豊富なため、その自給率における再生可能ガスの比率を上げていくこともできるのだ。
ここがメタンの凄いところである。炭素原子一個に水素原子四個が結合したメタンは、もっとも単純な炭化水素であり、極論すれば誰でも作ることが可能だ。なにしろ、人間や動物の腸内でも生成されているくらいである。よって、「メタン製造がビジネスになる仕組み」さえ作れば、国内にどんどん「バイオガス田」が誕生していくだろう。問題は経済合理性のフレーム内で、いかに再生可能ガスの比率を上げていくかである。
その前段階となるのが、11年8月に国会で成立した「再生可能エネルギー特別措置法」(今年7月施行)だ。正式名は「電気事業者による再生可能エネルギー電気の調達に関する特別措置法」といい、太陽光・風力・水力・地熱・バイオマスによって発電された電力を、決められた一定期間と価格で電力会社に買い取らせるものだ。国際的にはフィード・イン・タリフ法(以下FIT法)とも呼ばれ、先行するEU諸国では実際に再生可能エネルギー電源普及の推進剤になっている。
ただ、FIT法の悪しき点は経済合理性に欠けることだ。たとえば、現在のところ、太陽光や風力による発電力は、既存の電力よりもコストが高い。それを買い取らせるとなると、電力会社に逆ザヤを強い、その矛盾を最終的に消費者に転嫁する形になる。もっとも、これに関しては頁を改めるとして、私がここで言いたいのは、それを参考として、経済合理性に適った「ガス・バージョン」を作ってはどうか、ということだ。
国内に「永久ガス田」を続々と誕生させるガス版再生可能エネ法
具体的には、ベンチャー業者がガス会社に対して「メタンの卸売り」をできる仕組みである。この法制度のキモは、ガス会社と消費者に負担を強いぬことだ。ただし、貴重な再生可能ガスということで、枯渇性ガスのケースよりは、1㎥あたりの卸価格を高めに設定するのが妥当だと思う。具体的には50円くらいでもよいのではないか。この価格設定ならば買い取るガス会社のほうも逆ザヤにならないし、バイオガス事業への参入も増えるだろう。
バイオガスの素晴らしい点は、主な原料が食品廃棄物や家畜の糞、下水汚泥などの廃棄物であることだ。現在、これらは堆肥に回されるか、費用をかけて捨てられている。仮に自家製メタンの卸売りが可能になると、この種の廃棄物がたちまち「金のなる木」に早代わりする。畜産農家、食品会社、自治体のゴミ処理場や下水処理場などは、副収入を得られる。1㎥あたり50円の買取価格であれば、1万㎥を出荷すれば50万円の売上となる。しかも、メタンを取り出した後の残りカスは、実は堆肥としてまた売りものになるのだ。あるいは、メタンを絞った後の液肥で、さらにオーランチオキトリウムなどの石油生成藻類を培養する手もある。これで発酵タンクは「ガス田」兼「油田」だ。
もっとも、一般に発酵生産のガスはCO2濃度が高いので、気体分離膜を使うなどしてメタンの純度を上げる必要がある。気体の99%以上がメタンなら合格品質として出荷できるようにすればいい。出荷といっても、ガス管がある場所なら、接続注入ですむ。メーターが自動的に品質と流量をチェックし、ガス会社にリアルタイムで報告するシステムを整えればいい。近くにガス管がない場合は、圧縮・輸送の工程が必要になるので、業者に対して1㎥あたり1~20円のプレミアムを付けてやるのが公平かもしれない。
一般に、電力会社の場合は二つの点で、太陽光や風力の卸売りを嫌う。一つは今言ったように、逆ザヤ。そしてもう一つが需給一致への支障だ。大電力は保存できないため、需要に対して発電側が同期していなければならない。つまり、生産と消費の瞬間一致である。その作業の中で、太陽光や風力の発電所から「気まぐれな電力」を送電線に流されると困るし、流量が過剰になると外国に電力を逃がしたり、発電側に出力抑制を強いたりせねばならない。これがドイツ等では問題化している。対して、卸ガスにはこの二つの欠点がない。よって、生産から買取り・消費に至るまで、電力のような侃々諤々の問題は引き起こさない。
ガス会社としては、買取を拒む理由はない。なぜなら、電気に比べて保存可能なガスは、需給の調節が容易だからだ。球形のガスホルダー(一般に“ガスタンク”と呼ばれているもの)は、まさにエネルギーの保存装置である。ガス会社としては、数十円で仕入れたガスをそのまま売ればいい。追加投資を強いられることもほとんどないので、要は転売である。むろん、ガスを卸売りするベンチャー業者側も儲かる。消費者としては、以前より値段が高くなければよい。同じであれば損得なし、安ければなおのこと結構。一方、ゴミは宝に化ける。このように、社会全体が得をするのが「ガス版再生可能エネ法」なのだ。むろん、ツケを回される者もいる。それがシェアの減る海外の資源メジャーや輸出国だ。
あくまで生産量次第だが、仮にバイオガス業者が年間に何千億円ものガスを売り上げるとすると、その分はそっくり「市場」となる。これをめぐり、プラントメーカーはより優れた発酵タンクの製造を競い合い、バイオベンチャーはたくさんあるメタン菌の中からより優秀なものを探し出すだろう。有機系の廃棄物やゴミは値段がついて取引されるようになるかもしれない。豆腐屋はオカラを売れる。スーパーやファミレス、コンビニなどから排出される食品廃棄物も、優良なメタンガス原料のため、すべて金に化ける。これらがリサイクルされることを想うと、捨てる側のわれわれの罪悪感も少しは軽減されよう。
このように、経済合理性に適った「卸売り」の仕組みを整えることで、日本各地に勝手にメタン発酵タンクが立ち上がっていく。これは人が適切に管理し続ける限り、永久にガスを産み出す。いわば、日の丸の「永久ガス田」だ。この仕組みを明文化したものこそ、「ガス版再生可能エネ法」に他ならない。これにより、ゴミがガスという資源に化け、畜産農家などに副収入の道ができ、輸入費が抑制され、その分、国内に市場と雇用が創出される。バイオマスの豊富な北海道・東北は、バイオガスの一大生産拠点になるかもしれない。そう考えると、パイプラインはなにもロシアのためだけに敷いてやるわけではなく、われわれ自身が長く使っていくためのものだということがよく分かる。
ただし、私の計算したところ、どうやら参入業者の立場にしてみれば、「ガスをそのまま売るより、それで発電機を動かして電力を売ったほうが得」という状況になりそうだ。厳密には、バイオマス由来電力に対する現再生可能エネ法の買取価格次第だが、どうやらガスを電力に変えたほうが儲かりそうな気配である。よって、ベンチャーには当初、バイオマス発電をやってもらい、再生可能エネ法の買取期間が終わり次第、ガスの卸売のほうへ移行してもらったほうがいい。ガスエンジンも15年ほど動かせばちょうど更新時期なので、こうすれば無理のない形でスライドできよう。
よって、今は、高めの買取価格を提示する再生可能エネ法を「国内の湿潤系バイオマス資源を発掘するための時限手段」と位置づけるのがよい。そして次の段階として、経済合理性に反しないガス版再生可能エネ法を適用し、いわばこちらを本命として、ガスの安定生産に落ち着いてもらう。つまり、現再生可能エネ法と今後のガス版同法との連携である。ちなみに、最終的なバイオガスの生産量に関しては、あまり過大な期待をもたないほうがよい。なんとか国内需要の1割くらいを供給できれば御の字と思ったほうがいい。
メタンラッシュの時代
このように、来たるメタン文明は、エネルギーの自給率向上に関しては、相当、期待が持てそうだ。
私はつくづく思うのだが、基本的にガスの掘削・生産は、すべて民間企業まかせでよいのではないか。とくにメタンハイドレートの課題は「いかに安いコストで採取するか」である。こういう方面は、政府系法人よりも民間企業のほうが得意だ。実際、日本海側のメタンハイドレートは、太平洋側よりもさらに採取しやすいという情報もある。企業ならば当然、より低コストで採取できる場所から着手するだろう。よって、ガスの買取制度を、バイオガスだけでなく、資源ガスにも適用したらどうか。
政府の仕事は、環境保護や安全面の規制設置と、パイプライングリッドなどのインフラ整備に留めておく。つまり、政府がやるのは、「資源ガスの買取価格は1㎥あたり30円、バイオガスは50円」というふうに値決めをし、アナウンスすることだ。あとは民間企業がもっとも経済的な方法を自ら見つけ出していくだろう。これで「メタンラッシュ」が起きるかもしれない。国産ガスの増産にとって、この方法が一番手っ取り早いと思う。
こうして、国産ガスをどんどん増やし、自給率を上げていく。一方で、パイプラインを通して、ロシア産ガスを輸入する。こうすれば、日本のガスは、かつてのLNGから「気体もの」が主流になっていく。これを新型の高効率天然ガス火力で電力に替えれば、国内の製造業は安い産業用電力と熱源を得られ、競争力を高めるだろう。
ちなみに、残る枠が「その他産ガス」だが、前回述べたように、新開発の「天然ガス液化船」を駆使することによって「気体もの」を直接買い付ければよく、わざわざ石油価格に準拠したLNGを買う必要はなくなる。従来のLNG供給国や資源大手は、まあ、その枠内でせいぜい安値を提示してくれたまえ。
もっとも、いかに自給率を上げられるとはいえ、メタン文明はしょせん持続可能文明ではない。だが、地熱、太陽光、風力、バイオ燃料、そしてクリーンで持続可能なニュー原子力…こういった新エネルギーの開発と量的拡大には時間がかかる。メタン文明は、その時間的猶予をわれわれに与えてくれるものである。つまり、「エネルギーの永久自給国」というゴールへの移行をアシストしてくれるのが、メタン文明なのである。
2012年02月17日「アゴラ」掲載
(再掲時付記:株式会社バイオマスパワーしずくいしの試みを応援します。)
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