大西宏先生の「いくら夢や理想を語っても、充電スタンドをつくっても電気自動車は普及しない」を拝読した。
暗闇の中に存在する彫像の姿を正確に知るためには様々な角度から光を当てねばならないように、真実もまた視点の異なる人々が論じ合うことにより浮かび上がる。そういう意味で、EVに関する議論がアゴラで盛り上がっていることは大変好ましい。
とりわけ、大西先生といえば、驚異的なほど守備範囲が広く、常にデータを援用しながら独自の分析を行われるので、世辞ではなく私は心底感心している。今回の記事も、マーケティングのプロフェッショナルらしく、色眼鏡なしに現状をありのままに受け止め、売れない原因を客観的に分析し、処方箋まで提言するというコンサルティングの手法を踏んでいる。EVは普及しないと言いつつ、「ではどうしたら現実の市場を開拓できるか」という点まで踏み込んであるので、よくある単純な否定論にくくることはできない。
これに対して、私はマーケティングに関しては皆目素人なので、「間違っている」と言い切る自信はない。ただし、氏の分析内容に関して「別の見方もできる」というふうに“視点の違い”を示すことはできよう。
様々な角度から見ることで、あなたのEV観や、またマスコミによって世間一般に流布されているEV観が、案外「思い込み」や「偏見」の類いだと分かるかもしれない。
その1:実はEVの売れ行きは初期のHV車とほぼ同じ
以下が大西氏の現状分析である。
しかし、現実は電気自動車は売れず、失速してしまっているのです。理由は、初期は革新的で新しい技術を積極的に取り込む人たち、また公共の需要に支えられてきたものの、そういった需要も一巡してしまったからでしょう。
そもそもEVは本当に「売れていない」のだろうか?
これまでもEVは間欠的に少量が市場投入されたことはあったが、本格的な量産販売は三菱のアイミーブからである。2009年7月から法人中心に販売が始まり、2010年4月から個人向け販売が始まった。一方、日産リーフは同年12月の発売だ。
つまり、2010年度が実質「EV元年」であり、それからまだ3年しか過ぎていない。その間の国内の販売実績が以下だ。
ちなみに、12年度の欄は日本自動車工業会のデータにはなく、私が付け足したものだ。そしてこの12年度にようやくトヨタやホンダも含めた主要各社のEVが出揃った。
ところで、EVのように構造そのものが新しい革新的な自動車の登場といえば、ハイブリッド車の先例が上げられる。1997年12月にトヨタのプリウスが発売され、1999年9月にホンダのインサイトが続いた。比較対象として取り上げてみよう。
このように改めて両者を比較してみると、EVとHV車の出だしがよく似ていることが分かる。当時、プリウスは「売れない使えない車」だとして、散々メディアからこき下ろされていた。しかも、同型車との差額の半分を助成するという補助金の大盤振る舞いも批判されていた。これは今現在のEV批判とそっくりである。当初のHV車と同様、たしかにEVも「売れていない」ようだ。しかし、HV車は発売から5~6年間は低迷していたがその後に大化けしたことから、EVに関してもあと数年間は様子を見ないと、確かな裁定は下せないのではないだろうか。
その2:実はバッテリーの問題はかなり解決している
次に、大西氏はEVが売れていない原因をこう分析する。
走行距離が短いとか、充電スタンドが普及していないとかの要因もあるでしょうが、それよりも従来の自動車と価格で競争力がまったくないからでしょう。
これは私の見解とも一致する。この三つの原因説自体は一般的にもよく言われている。ただ、私はあと5年ほどで両者の経済性がクロスオーバーすると予想し、数回前の記事内でそう断言している。
それはともかく、大西氏はEVまたPHVが価格競争力を持たない理由として、以下のように「バッテリー」に解を求める。
ネックになっているのは電池です。リチウムイオン電池が重く、大きく、なによりも価格が高い、だからなかなかガソリン車に代替していくことにはならないという単純な話です。(中略)確かに「次世代」を狙って電池の基礎的な研究開発競争が世界中で起こっています。しかし、まだ決定的なイノベーションは起こっていません。
これもまた車載バッテリーに関する一般論に近い。とくに性能面に関して誰もが判で押したように「電池の劣化」とか「技術的な限界」といった内容を口にする。実際、どのメディアの記事を見ても、「バッテリーの進歩は遅々としており、それがネックなのだ」という意味のことが書かれており、この見方が常識として拡大再生産されてきた。
対して、私はバッテリーに関しては一貫して楽観的な予測を突き通していて、「性能とコストはどんどん改善されていくから気にしなくていい」という意味のアンチ常識をずっと主張してきた。私は以前に東芝の「SCiB電池」について言及している。もともとエネルギー問題の解決策の一環として自動車のEV化を語ってきたので、細かいことはすっ飛ばしてきたのだが、今回はこの二次電池について少し解説したい。以下がその性能表だ。
以上のように、この電池は「フル充電」を3千回繰り返しても劣化が10%留まりだ。しかも、6分で容量の8割以上の充電が可能。この電池は実際にホンダの「フィットEV」に20kWhの容量で搭載されている(同車は今のところリースのみ)。電費は106Wh/kmで、一回充電の走行距離が225kmのカタログ値である。つまり、1kWhの電力でほぼ10kmを走れるし、日産リーフと違って「8割充電推奨」などという制約もない。
このEVは、一回のフル充電でだいたい200kmは走れる。すると、3千回分の充放電で、ほぼ60万kmの距離を走破できる。それだけ走行しても容量は9割も維持できる。さらにその倍の距離を走っても約85%を維持だ。途中交換は一切必要ない。もっとも、タクシー運転手でさえも同一自動車で100万km以上も走ることはないだろうが。
つまり、このバッテリーは自動車そのものよりもはるかに寿命が長いのである。これが今現在、市販されている製品の水準なのである。おそらく、バッテリーの劣化がEVの致命的欠点であると今に至るまで信じている人にとって、いささか唖然とする話ではないか。ちなみに、日産リーフの過ちの一つは発売を急ぐあまり電池屋としては二流のN××製の糞電池を採用したことだという噂話があるらしい(*あくまで噂です)。
当然、SCiB電池ならば廃車後にも十分、二次利用が可能だ。普通に家庭用や業務用に卸すことができる。どういう規制に引っかかるか知らないが、私ならば軽自動車とトラックに再利用したいと思う。いずれにしても、中古市場で大活躍だろう。
さて、フィットEVはまだリースだが、このSCiB電池は三菱のアイミーブ「M」にも搭載されている。バッテリー容量は10.5kWh、販売価格は約260万円だ。ただし、補助金や減税などで減額合計が約80万円にもなるので、実際価格は約180万円である。
ガソリン価格と電気代は変数であるが、今現在を基準にすると、「10万km」を走破するために必要な経費は、リッター30kmの低燃費車ならば総額約52万円、対してEVならば約15万円ということになる。このランニングコスト差は、文字通り走れば走るほど広がることになる。このことから、補助金というゲタを履かせれば、トータルコストでEVの経済性は最高レベルの低燃費車にほぼ拮抗するところまで来ていることが分かる。
その3・これからのEVと今後の課題
しかし、逆にいえば、この80万円分のハンデを解消するのが大変だ。コストの問題はそれほどシビアである。そこで二次電池の性能と価格の行方を見極めねばならない。
電池開発に関しては、昨年「EVの欠点は十年以内にすべて解消する」で「金属空気電池」について触れた。
正極側活物質に空気中の酸素を用いるため、容積を半分強に抑えることができる。負極にはリチウム、亜鉛、マグネシウムなどを用いる。豊田中央研究所はエネルギー密度「リッター2kWh超え」を成し遂げた。(略)現在のところ、この金属空気電池の、さらに全固体式(*電解液を固体に変え、セルケースを不要にしたもの)が究極とされ、今年12年度、産総研のグループが開発に成功した。
あくまで研究室レベルであるが、これでリチウムイオン電池の体積は従来の約半分、そしてコストも半分とはいかないだろうが、大幅に安くなる。製品化された時のインパクトは説明するまでもない。
ちなみに、体積エネルギー密度が2kWh/リットルというのはトンデモない値で、航続距離1千キロ以上を余裕で叩きだせるほどだ。
しかも、何も正極を空気化しなくとも、今ある電池の価格が順調に下落している。マッキンゼーによると、車載リチウムイオン電池のコストは12年度半ばで4~500ドル/kWhだが、20年度には200ドル前後、25年度には160ドルまで下がるという。これはNEDOのロードマップともだいたい一致する。同機構によると、15年度で「約3万円/kWh」が目標だ。これだとリーフの総電池代は72万円になる。皮肉なことに、現在のEV需要の低迷が供給力の過剰をもたらし、今後は一種の「値崩れ」を引き起こすことも指摘されている。あと数年もあれば、EVの経済性は一般車に並び始めるだろう。
さらに、リチウムイオン電池の後継機として、ナトリウム、アルミニウム、マグネシウムといった、ごくあふりれた材料を主とする新型電池の研究開発が進んでいる。もともと単純な構造の製品であることは素人目でも分かるし、安い材料を使って、その上、生産量が増えれば、乾電池とまではいかないが、今以上に値段が下がると思われる。
ましてや、経済産業省が蓄電池開発を「国家プロジェクト」にしたので、今や日本の大学や企業の電池開発能力が総動員されつつある状況だ。
だから、私は電池に関しては、大西先生や一般のEV否定派とは、別の見解を持っている。イノベーションはもちろんあるに越したことはないが、実際にはすでにある技術の向上で問題の解決にまで至るのではないか。むしろ、必要なのは「決定的なイノベーション」というより、今あるモノの性能とコストを地道に改善していく努力ではないか――そう思えてならない。その先にある未来として、私はつい先日、こう書いた。
私は予言者ではないので、具体的に何年後と断言することは難しい。ただ、今から5年後くらいには、以下の二つの条件が達成されると予想しても差し支えないと思う。
1・EVの車体価格が(補助金なしで)同型の内燃車にほぼ並ぶ。
2・乗用車クラスのEVで走行距離が500キロに達する。
おそらく、一充電500km時代が訪れたら、平均的なユーザーならば、月に数回程度の急速充電器利用で済むだろう。よって、仮に充電時間に30分かかるとしても、待てないはずがない。スマホをいじっていればあっという間だ。つまり、今の技術では一回の充電時間の短縮は難しくとも、充電回数の削減(=累計充電時間の短縮)は達成できる。
しかしながら、この1と2は私が勝手に「平均的なユーザーに普及する条件」として考えたもので、当然ながら、これよりも先に電池容量30kWh台(航続距離300km台)のEVが価格競争力を獲得する。「トータルコストで内燃車よりも安ければ走行300km台のEVでもいいよ」という消費者は当然いるだろう。これはあと数年後には実現すると思われる。
EVの航続距離「300km超え」時代は現実に到来した。今後発売予定の三菱の新型EV『CA-MiEV』は、航続距離300kmを実現する。一方、ベンチャーのシムドライブの『SIM-WIL』は同351kmを実現し、量産化時期を14年度頃と見込んでいる。この二車種はまず補助金付きで価格競争力を得るが、次第にそれから自立していくだろう。
問題は充電インフラのほう
このように、今回はあえて石油の問題はスルーしたが、EV普及に関わる複数の要因は変数であり、それぞれについて「流れ」を読むならば、すべては「時間の問題にすぎない」ということが分かっていただけると思う。HV車は発売から5~6年間は低迷し、それから普及が始まったが、おそらくEVもそれと似た普及の様相を示すと思う。しかも、HV車のPHVへの昇格はもっと大規模に進み、大半のユーザーはEVモードを使う。
だから、私はむしろ問題は充電インフラのほうだと、一貫して訴えている。なにぶん初めてのことだらけなので試行錯誤があるのは当然だが、今の充電器設置の進め方には大きな問題がある。誰も使わない充電器が辺鄙な場所にあるかと思えば、別のところには行列する台があり、全体をコントロールする者が不在だ。私は将来を見越してストリート設置の先行投資に賛成しているが、それはともかく、貴重な税金を投じる事業だからこそ、まともなコンサルを受けてほしいと行政に願う。この問題に関しては記事を改めたい。
最後に、これは不特定多数の人々に言いたい。
日産ゴーンが、2017年3月期までに、ルノーと共同で「全世界累計150万台」のEV販売構想をぶち上げたが、周知の通り、リーフの販売低迷で修正を強いられた。この大風呂敷については、私も心配していた。なにしろ、EV肯定派の私自身ですら現状ではまったく買う気が起こらないくらいだ。
ただ、メーカーの販売計画が希望的観測に寄りかかりがちなのはいつものことだ。それよりも、案の定、マスコミは大企業の失敗を面白がって、「HV車に完敗」「EVの時代は終わった」「これからは燃料電池車だ」とか、後出しジャンケン的に書き立てている。
まあ、これはやむをえないだろうが、いずれも無責任で短絡的な内容であり、あまり真に受けないように訴えたい。
必ず再逆転がある。おそらく、マスコミは、5年後には豹変して「ガソリン車の時代は終わった」などと書き立てているだろう。だから、後出しジャンケンの、そのまた後出しジャンケンなんかをしていると、俗に「二階に上がって梯子を外される」目に合うから、十分に注意されるよう、ご忠告申し上げたい。
2013年03月15日「アゴラ」掲載
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