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9~10月に株の大暴落!? ユダヤ教ヨベル年は金融総清算の年

国中に角笛を吹き鳴らして宣言せよ

昨年、話題になったトリビアの一つに「安息年(シュミータ)」というユダヤ教の概念がある。これは7年ごとに訪れる「休息の年」であり、しかもたまたま世界的な事件に合致するケースが多いことから、歴史を動かす何らかの周期や陰謀との関係も取りざたされている。

たとえば、安息年に起こった出来事として、過去に1973年のオイルショック、1987年のブラックマンデー、2001年の同時多発テロ、2008年のリーマンショックなどが挙げられている。細かくみると、過去1世紀、債権市場のクラッシュはたいてい安息年に発生している。だから、2015年も危ないのではないか、と噂されたわけだ(*厳密にはユダヤの旧暦に沿うため、“年末”はその年の秋頃に前倒しになる)。

ところで、ユダヤ教の概念からいえば、本当に注目しなければならないのは、実のところその安息年の総決算となる今年のヨベル年(The Jubilee year)のほうだ。よって、僭越ながら、私のほうから説明を補完させていただきたいと思う。

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■安息日の遵守は神との“契約”だった!

そもそも「ユダヤ教で安息年が決まっているから」では説明として十分ではないと思う。その程度の戒律ならユダヤ人も本腰を入れて守ったりしない。

実は、安息のサイクルは「神の命令」であり、ユダヤ人が神と結んだ「契約」なのだ。それゆえ遵守するなら格別の褒美があり、逆に破ると凄まじいペナルティが課せられる。まずは「安息日」と「安息年」という概念から改めて説明しよう。

エジプトから人々を率いて脱出した預言者モーセに対して、神はこう言った。

安息日を心に留め、これを聖別せよ。六日の間働いて、何であれあなたの仕事をし、七日目には、あなたの神、主の安息日であるから、いかなる仕事もしてはならない。あなたも、息子も、娘も、男女の奴隷も、家畜も、あなたの町の門の中に寄留する人々も同様である。(出エジプト20・8~10)

あなたは六年の間、自分の土地に種を蒔き、産物を取り入れなさい。しかし、七年目には、それを休ませて、休閑地としなければならない。(出エジプト23・11~11)

これは神が六日の間に世界を創造して七日目に休んだことに由来し、神がイスラエルの民に対して「命令」として言っているのだ。

しかも、これはモーセが聖なるシナイ山で神から直接授けられた「十戒」の一つなのだ。つまり、「殺すな、盗むな、偶像崇拝するな」と並んで「七日目には仕事(経済活動)をするな」という条項があるのだ。より細かな契約条文になると「安息年」も含まれる。

これに対して、預言者モーセは全イスラエル人を代表し、神に雄牛の生贄を捧げた。そして、その血を祭壇に振りかけ、契約の書を民の前で読んで聞かせ、「主が語られたことをすべて行い、守ります」と民に誓わせた。それからその血を民にも振りかけた。

こうして神との契約が締結されたのである。これはただの口約束ではない。個人の命はおろか、民族の命運までも担保にした誓約なのである。だから、歴史の全時代を通じて、民族や国家の盛衰にも関わって来る。

神の契約を破ったら大変なことに

神と契約するということは、とんでもなく恐ろしいことなのだ。神はイスラエル人にこう厳命する(太字下線筆者・以下同)。

安息日を守りなさい。それは、あなたたちにとって聖なる日である。それを汚す者は必ず死刑に処せられる。だれでもこの日に仕事をする者は、民の中から断たれる。(出エジプト31章14)

イスラエルの人々は安息日を守り、それを代々にわたって永遠の契約としなさい。これは、永遠にわたしとイスラエルの人々との間のしるしである。(31章16~17)

なんと、安息日の戒律を破った者は死刑であり、お家断絶の目に合わされるのである。しかも、その契約は永遠に有効なのだ。まさに、神じゃなくて悪魔と契約しちゃったんじゃないのか、という印象すら受ける。実際、破ったら冗談では済まされない。

「民数記」(15・32~36)には、ある男が安息日に「薪を拾い集めた」だけで、神からじきじきに死刑を言い渡され、みんなから石で打ち殺される場面が記されている。それどころか、違反者が増えると、ユダヤ民族全体が罰せられてしまうのだ。

主はこう言われる。あなたたちは、謹んで、安息日に荷を運ばないようにしなさい。(略)安息日を聖別しなさい。それをわたしはあなたたちの先祖に命じたが、彼らは聞き従わず、耳を貸そうともしなかった。(エレミヤ17・21~23)

もし、あなたたちがわたしに聞き従わず、安息日を聖別せず、安息日に荷を運んで、エルサレムの門を入るならば、わたしはエルサレムの門に火を放つ。その火はエルサレムの城郭を焼き尽くし、消えることはないであろう。(エレミヤ17・27)

こうしてイスラエルは二つの王国に分裂し、最終的にどちらも侵略を受けて滅んでしまうが、旧約聖書には「主が言われたことを守らなかったから」とか「主との契約を守らなかったから」という意味のことが繰り返し述べられている。かくしてイスラエルは切り刻まれて、最終的に「ユダ族」を中心にして収斂していったため、後世「ユダヤ人」と呼ばれるようになる。

一方で、神との契約を遵守したことによる褒美のほうもまた巨大である。

今、もしわたしの声に聞き従い、わたしの契約を守るならば、あなたたちはすべての民の間にあって、わたしの宝となる。世界はすべてわたしのものである。あなたたちは、わたしにとって、祭司の王国、聖なる国民となる。(出エジプト19・5~6)

あなたたちがこれらの法に聞き従い、それを忠実に守るならば、あなたの神、主は先祖に誓われた契約を守り、慈しみを注いで、あなたを愛し、祝福し、数を増やしてくださる。(略)あなたたちはすべての民の中で最も祝福される。(申命記7・12~14)

今やユダヤ人は、以前のように大っぴらに迫害されなくなり、しかも1900年ぶりに祖国の再建まで果たした。だから「以前は神との契約を破ったために滅ぼされたが、よく守るようになってから民族の運気も上昇し始めた」と、“契約効果”を感じ始めている。しかも、預言にある「主の日・終わりの日」が近いとも囁かれている。だから「ここで契約を破るわけにはいかない」という強迫観念が益々のしかかっている心理状態にあるのだ。

50年に一度やって来る「ヨベルの年」

さて、「出エジプト記」で記しきれなかったことが「レビ記」で補完されている。レビとは祭司職を担った部族名のことだ。ここで登場するのが「ヨベルの年」という概念だ。神はシナイ山でモーセにこう告げる。

あなたは安息の年を七回、すなわち七年を七度数えなさい。七を七倍した年は四十九年である。その年の第七の月の十日の贖罪日に、雄羊の角笛を鳴り響かせる。あなたたちは国中に角笛を吹き鳴らして、この五十年目の年を聖別し、全住民に解放の宣言をする。それが、ヨベルの年である。(レビ記25・8~10)

この「七年」のサイクルを七回繰り返した49年目の「大安息年」には、当然、畑への種まき、手入れ、収穫ができない。例によって土地には休息を与えねばならない。そして、このことは翌50年目の「ヨベル年」も同様である。だから、この時期ばかりは2年続けて経済活動を抑制しなければならないから大変だ。

その上、ヨベル年には、たとえば土地を手放さざるを得なかった人は、それを買い戻すことができる。仮に買い戻す力がなかったとしても、買ったほうが手放さないといけないので、元の所有者は返却を受けることができる。同胞で身売りせざるを得なかった人は、その子供も含めて、解放されることになっている(*ただし、異邦人の奴隷はイスラエル人の財産であるため、永久に働かせることができる。また、同胞からは利子を取ってはいけないが、異邦人相手なら利子を取ってもよいとされる。すべて神自身の言葉である)。

つまり、まとめると、このヨベル年はそれまでの49年間の「総決算・総清算・総休息」の年なのだ。少なくとも、ユダヤ人の負債はリセットされることになっている。言ったように、これはシナイ山で神が「命じた」ことであり、イスラエル人としても契約したことなのである。

もっとも、現代では、正統派教徒ならともかく、普通のユダヤ人にはそんな戒律を遵守することは不可能だ。そこで「タルムードを使うのだ」と、あるユダヤ人は教えてくれた。タルムードとは旧約聖書の注釈やラビの言葉などが記されている知恵の書物だ。これに戒律違反をうまく正当化するための裏マニュアルが含まれているのだという。つまり、これを使えば事実上、神に対して何でも弁明可能というわけだ。

もっとも、「仕事をしたら、おまえ死刑な。家系も断絶な。破るやつがいっぱいいるようだと、エルサレムごと滅ぼしちゃうからな」と、神自身からきつく厳命されれば、裏マニュアルがあろうがなかろうが、ユダヤ人なら誰だって心理的なブレーキが働く。

なにしろ神は一人一人の心の動きまで把握している。この「神から常に見張られている」とか「神を欺くことはできない」といった意識は、ユダヤ人には思いのほか強いらしい。しかも、宗教的恐怖心の呪縛以外にも、「モーセの時代から今日まで守ってきた戒律だから自分の代で神との契約を破るわけにはいかない」という思考も働く。この「先祖代々の歴史の重みを背負っている」という意識も、戒律に対する義務感を生むに違いない。

今日、ゴールドマンサックスやソロモンブラザーズなどの巨大投資銀行はおしなべてロスチャイルド系列であることはよく知られているが、世界の金融界を支配しているともいえるユダヤ人が仕事をしたがらず、また少なくともユダヤ人同士の貸借はリセットしなければならないとしたら、経済に影響が出ないほうがむしろ不思議なくらいである。

そして、今年2016年がそのヨベル年とも言われている。ただし、本当のことは大半のユダヤ人にも分からない。なぜなら、西暦の何年がヨベル年に当たるという正確な記録が散逸しているからだ。あるいは、一部の人は真実を知っているが、一般には伏せられているとも、わざと偽情報が喧伝されているとも噂されている。私もたぶんそうだろうと思っている。

2017年からは新たな世界に突入する?

ヨベル年の一例

ただ、仮説のヨベル年であろうが、一般に流布されている情報を元にして不特定多数の人々がそれを信じるなら、結局はそういう流れが起こってしまう。だから今年は金融市場に異変が起こっても不思議ではない。しかも、現代はデリバティブで元金の何十倍もの信用取引をしている分、クラッシュした時の破壊力も凄まじい。ちなみに、過去の例を見る限り、旧暦の終わりから明け(9~10月)にかけてが危ないようだ。

よって、金融大惨事が起きるとしたらこの時期かもしれない……。

(*ところで、「フリー座」のほうで「再び「預金封鎖」と「財産税」が近づいている」という記事を載せましたが、一つの注目点は2016年9月下旬のFRBの金利政策だと思います。次の利上げがNY株価の膨張を弾いて歴史的な大暴落に繋がるのかどうか、とりあえず固唾を呑んで見守ります)

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