出口王仁三郎――日本近代史から抹殺された真の巨人

歴史
大本本部の施設。Takaaki Yamada




みなさん、こんにちは。

このサイトに来る方なら、出口王仁三郎(でぐちおにさぶろう)という人物は、とっくにご存じだと思います。

彼は日本の「公式な」近代史からは、ほとんど黙殺されている人物です。

戦前、治安維持法で徹底弾圧されたのですが、同じように弾圧された共産党員や記者とは違って、なぜか、公教育では彼の名前はまず出てきません。

いったいなぜなのでしょうか。

そして、真の大人物にありがちなことですが、彼に関しては相反する評価、つまり毀誉褒貶が激しい。一方では山師・詐欺師、他方では聖人・偉人という評価です。

私の見方は、以下に述べる理由から、完全に後者です。



誕生から大本二代目教祖に就任するまで

出口王仁三郎の本名は、上田喜三郎(うえだきさぶろう)。

明治維新から間もない1871年、喜三郎は、京都府亀岡市の貧しい農家の長男として生まれました。彼は子供の頃から頭がよくて、今でいう中学生の時には、地元小学校の代用教員として採用されたくらいでした。

その後、いろんな仕事をやった後に、26歳の時ですが、乳牛を買って、牛乳などを販売する「穴太(あなお)精乳館」を独立開業して、成功しました。

ですが、運命は彼を田舎の実業家に押し留めておくことはありませんでした。

彼は神道系の秘術を学び、亀岡高熊山での修行を経て、数々の霊能力を開花させます。彼は霊界に行き、人類の過去と未来の秘密を知り、宗教家への道を歩み始めます。

と言うと、現代の常識人は「ドン引き」しますが、私は彼の尋常ではない未来予知能力をよく知っていますから、どうにも嘘や宣伝の類いとは思えません。

他方、時期を同じくして、京都の綾部のほうでは、1892年(明治25年)から、出口ナオという貧家の主婦が、いわゆる「神懸かり」状態になっていました。

艮(うしとら)の金神、という神様がついたんですね。

出口ナオは、以来、予言をしたり、病気治療をしたりして、彼女の周りには次第に信者が集まり始めていました。のちに「大本」という宗教団体へと発展します。

そして、1898年、上田喜三郎は、霊感に導かれて、綾部の出口ナオを訪ねます。

初対面は物別れに終わったんですが、出口ナオに改めて神示が下って、出会いが運命であることを知り、上田喜三郎を綾部に招くことにしました。

その後、上田喜三郎は、出口なおの娘の出口すみと結婚して、婿入り養子なりました。その4年後、名前も「出口王仁三郎」に改めました。

こうして、上田喜三郎は出口王仁三郎として、大本の二代目教祖に就任します。

二度にわたる国家権力の大弾圧、そして不死鳥のごとき復活

以後、大正から昭和にかけて教団は拡大の一途をたどります。王仁三郎は新聞を買収し、政治団体をつくり、政府高官や軍部、宮中にまで信者を得ます。

王仁三郎は「歌(詩)」に見せた数々の未来予言を発表し始めます。

また、『霊界物語』と呼ばれるミステリアスな大著を残しました。

時の政府・内務省は、次第にそんな王仁三郎と大本を恐れるようになります。

1921年(大正10年)、政府はまず「不敬罪」と「新聞紙法違反」を理由にして、大本への弾圧を実施しました(第一次大本事件)。

大本の根本経典の『大本神諭』は発禁処分となりました。

しかし、その程度では彼の勢いは留まることはありません。

政府・内務省は、王仁三郎が「革命・国家転覆」を企んでいるのではないかと、とんでもない妄想を募らせるようになります。

あるいは、彼の霊能力に代表される、もっと別の何かを恐れていたのかもしれません。

そして、1935年(昭和10年)、政府はついに大本を地上から抹殺しようとします。

主たる罪状は「治安維持法違反」。つまり、王仁三郎と大本は、武力によるロシア革命を行った共産党と同程度の脅威と見なされたわけです。

王仁三郎たちが、暴力革命によって政府・国体を打倒し、教団を中心とした新政府を樹立するのではないかという、とんでもない濡れ衣を着せられたわけです。

1935年の「第二次大本事件」は苛烈を極めていました。綾部・亀岡の本部はおろか、全国数千か所の教団施設は、すべて、残らず、爆破・解体されたのです。

そして、王仁三郎以下、幹部61名が起訴されて、そのうち16名が当局の拷問などで死亡しました。明治維新から終戦までの間で、史上最大の宗教弾圧だったんですね。

にも拘わらず、私たちは、公教育の場で、このような歴史的出来事を教わることはありません。今もって「何かのタブー」が存在しているわけです。

いずれにせよ、出口王仁三郎は監獄に入れられ、教団はいったん壊滅させられることになります。後に保釈されるまで、彼は6年8ヶ月にわたり檻に閉じ込められました。

ただ、当時の弁護団と信者たちの頑張りもあり、驚くべきことですが、戦争中の1942年、第二審で、なんと治安維持法に関しては無罪判決を勝ち取ります。

残るは不敬罪だけ。その罪は敗戦と共に無くなります。

終戦直後、当然ながら王仁三郎と大本関係者は、無罪を言い渡されます。

その後、王仁三郎は何と言い、どんな行動をとったのでしょうか。

彼は戦後日本の再建をおもんばかり、一切の賠償請求を放棄したのです。

文字通り、日本の将来のためを思い、「すべて許した」のです。

何かを思い起こさないでしょうか。そう、濡れ衣を着せられ、人民裁判にかけられ、十字架で磔にされながらも、一言の弁明もせず、すべてを赦したイエス・キリストです。

王仁三郎は、戦前・戦中、凄まじい迫害を受けたことで、かえって己の正当性を証明してみせました。そして、戦後、すべてを赦したのです。

戦後、彼はまた、今の私たちにとってヒントとなるような重大な予言を残して、1948年、76歳でその波乱の生涯を閉じました。

通常のモノサシでは計りきることのできない傑物と言っていいと思います。

そして、この人格的な高潔さゆえに、私は彼とその能力を信頼しているわけです。

なお、私は宗教法人大本とは何の関係もありません。あしからず。

ありがとうございました。

◇ ◇ ◇

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