クリントン夫妻とロックフェラー(後編)Clinton and Rockefeller

欧米
ロックフェラー5兄弟。左から、デイヴィッド、ウィンスロップ、ジョン、ネルソン、ローレンス。デイヴィッドは2017年3月20日、最後に没




さて、クリントン夫妻に共通していることとして、ロックフェラーと出会ったという以外にも、「ジミー・カーター」Jimmy Carterとの密接な関係が挙げられます。



クリントンの前任の“パペット”だったジミー・カーター

カーターさんといえば、レーガンの前の大統領ですね。

Wikipediaより

「Wikipedia」のジミー・カーターによると、

1953年、ジョージア州下院議員になったばかりの父親の死に伴い大尉として海軍を退役。当初は低所得者向け公営住宅に暮らすが、妻と共に公共図書館で自学してピーナッツ栽培に取り組み、成功を収める。

こうして、30代でピーナッツ農場主として成功し、地元政界へ。

1961年にジョージア州上院議員に立候補。当初は落選とされたが、選挙不正を提訴して認められ当選となる。(略)1970年の州知事選で当選。1971年から1975年までジョージア州知事を務めた。州知事としては人種差別撤廃、行政改革、校区の貧富の差による教育格差の是正などに取り組む。1976年の大統領選挙に民主党候補として出馬。当初は「ジミーって誰のこと」と揶揄されるほど知名度が低かったが、ウォーターゲート事件により疲弊した政治の刷新を求めるアメリカ国民にクリーンなイメージをアピール。

こうして、民主党のリベラル派として、1977年1月20日から1981年1月20日までアメリカ大統領を務めました。彼の「人権外交」は、CIAを弱体化させ、ソ連の増長を招いたと批判され、次の強硬派のレーガンの登場へと繋がりました。

若きビルとヒラリーは、そんなジミー・カーターの大統領選挙運動に参加したんですね、。政界における夫妻の共通の先輩というか、恩師というか、そんな存在でしょう。で、前掲の書によると、カーターもまたビルダーバーグから引き上げられたという。

前述の通り、ビル・クリントンもまたアーカンソー州知事時代には目立った業績もなく、大統領選挙に立候補した時には「クリントン? 誰それ?」程度の知名度でした。しかし、メディアのヨイショもあって、あれよあれよと大統領の座に上り詰めた。二人とも、一大国の内政・外交を動かす政治家としては素人同然だった。しかし、キラ星のごときプロフェッショナルな閣僚たちが就任して、経験のない大統領を支えた。

あらかじめカーターの後継者として育てられたクリントン

このように、カーターとクリントンは、先輩後輩の「縦の関係」ばかりでなく、政治家像というか、政治家としての役割そのものが似ています。

しかも、ビル・クリントンの人生を見ていくと、それは偶然ではなく、はじめからカーターに次ぐ民主党リベラル派のリーダーとして育てられたのではないか、という疑いさえ生じてきます。どの時点でそういう決定が行われたかまでは分かりません。

仮に彼がネルソン・ロックフェラーの隠し子だとしても、その出自だけではどうにもならない。頭が致命的に悪かったとしたら、地方議員の末席に押し込めるくらいは何とかなるかもしれないが、さすがに大統領の椅子に座らせることは無理でしょう(もっともブッシュ・ジュニアの例を見ると、そうとも言えないのかもしれないが・・)。

だから、ビルが学生時代にフルブライ議員の下で働いたか、もしくはその後にローズ奨学生としてオックスフォード大学へ留学した辺りで、「影の政府」から将来の北米支店の「現地人幹部候補生」として認められたのだと思います。

だとするなら、「とりあえず大統領にふさわしい年齢と貫禄を身につけるまで、どこかの田舎の知事でもやっていなさい」ということで、アーカンソー州知事の席が容易されたのかもしれません。そして、その年齢に達した時、突如としてオランダ王室主宰のビルダーバーグに呼ばれた。そこで待っていたのが、亡き実父ネルソンの兄弟デビッド・ロックフェラーによるじきじきの面接だったというわけです。

デビット「おまえのことは、ずっと昔から見守っておったのじゃ」

ビル「叔父さん・・」

デビット「これからおまえに最終テストを行う。わしの言うことをきくか?」

とか何とか(笑)。

いずれにしても、ビル・クリントンはビルダーバーグで最終関門を通過し、大統領になる資格ありと判断された。その後、彼はCFRへの加入を許され、民主党の大統領候補として引き上げられ、あれよあれよという間に1992年、大統領選挙に当選。

そして翌1993年、第43代の合衆国大統領に就任し、副大統領アル・ゴアを従え、2001年1月20日まで、冷戦終結の果実である黄金時代を受け持ったわけです。

チトーとユーゴ紛争、そして戦争をやりたがらなかったクリントン

以上のように見ていくと、ビル・クリントンの人生は何もかも世界支配層が決めてきたかのように思える。ところが、彼にも個人の信条はありました。実は、彼がどうしても己の意志でやりたくなかったことがあった。それが戦争でした。

多分に「徴兵を逃れた」というコンプレックスが影響していると思います。というのも、歴代のアメリカ大統領を見ても分かるように、「国のために勇敢に戦った」という軍歴の持ち主が多い。そのことが物凄く大衆にアピールする。そういう国柄ですから、徴兵逃れの男なら「恥ずかしくて全軍の司令官なんかできないよ」と感じるはず。

1991年6月、クロアチアとスロベニアの独立宣言をきっかけにユーゴスラビア連邦は瓦解し始め、内戦に突入しました。

ユーゴ紛争については、以下の記事でもチラリと触れています。

クリミア問題はコソボ独立のケースと違わない! 西側の対ロ姿勢はダブルスタンダードだ!
本当にロシアが悪いのか? 改めてウクライナ・クリミア問題を振り返る さて、前回の「ウクライナ政変の“アブノーマルさ”」に引き続き、今回は第二弾。その直後の、ロシアによるクリミア併合の是非についてである。 周知の通り、2014年の暴力革命以降

実は、ヨシップ・ブロズ・チトーは、「影の政府」からすると、裏切り者だったんですね。彼は国際共産主義から離脱して、独自路線を歩んだ。そして事実上の「独裁者」として、国を閉ざすことでガードした。「影の政府」はこの種の“独自勢力”というものを一番嫌います。ましてや、チトーは裏切り者。後のスターリンと同じです。

だから、冷戦終結と同時に、西側諜報機関が動いて、ユーゴスラビアの解体にかかったのだと、私は推測しています。で、最初は連邦を解体するために、ミロシェヴィッチのような民族主義者を煽った。で、いったんバラバラにする方向に力を貸して、それからその民族主義者たちを順次討伐し、従えていった――そんなところかと。

むろん、欧米の軍産・金融勢力にとって「儲け」という理由もあるでしょう。互いに戦争させ、武器を買わせ、臨時の国債戦債を発行させる。戦後はまた復興のビジネス。最終的にはその国の国民が働いて返済するわけです。長期ローンと同じ。

最低のスキャンダルで政治的生命を絶たれかけた大統領

ところが、クリントンはなかなかユーゴの内戦に介入しようとしない。ミッキー・カンター通商代表などと「日本叩き」に精を出すばかりで、肝心の参戦決断はのらりくらりと後回しにする。おそらく、早くユーゴの内戦に介入したい「影の政府」は、「誰がおまえを大統領にしてやったと思うのだ?」と激怒したに違いありません。

そこで1997年、政権二期目に国務長官として送り込まれてきたのがマデレン・オルブライト。サッチャーの米国版みたいな強面の女性。後輩のビクトリア・ヌランドも国務次官補として一緒に政権入り。二人ともブレジンスキーに連なるという。

しかし、それでもクリントンはぐずぐずしている。そこでついに前代未聞といってよい大統領スキャンダルが暴露されました。それがモニカ・ルインスキーとの不倫。

当時の報道をリアルタイムでご覧になった方はご記憶でしょうが、なにしろホワイトハウスの執務室でモニカ譲とXXXXしたなどという話が公然と表のマスコミ報道に出てきた。たしか、モニカ譲が大統領のズボンを下ろしてXXXXしたという話まであったと思う。これで合衆国の大統領たる者が、世界中の物笑いのタネになったんですね。

今にして思えば、あれほど恥さらしなスキャンダルで、よく辞任にならなかったと思う。あんな風に「酷く恥をかかせる」のも政治的な暗殺法の一つでしょう。ああ、そうそう、モニカ譲、オルブライト、ヌランド・・みんなユダヤ系だそうです。

いずれにしても、以後、オルブライト国務長官が完全に外交の主導権を握ったようです。豪腕の彼女は、当初乗り気でなかったドイツを含めたNATO首脳をまとめ上げ、ユーゴ紛争への積極介入と空爆作戦を主導した。それに連動してミロシェヴィッチという分かり易い悪者や、「エスニック・クレンジング」なる用語まで“作られ”た。

かくして、かつてのユーゴスラビアという強力な独自勢力は消滅させられ、後には小さな民主国家が分立するバルカン半島が残されて、今日に至っています。

そして反グローバリズムの避雷針にされ、切り捨てられる運命か?

さて、ヒラリーとクリントン財団の話に戻りましょう。

これまでの経緯で、「影の政府」にとって、クリントン夫妻は「使用人」レベルに過ぎないことが、お分かりいただけたと思います。

ところが、この人たちがさも「巨悪」であるかのような印象操作が行われている。しかも、一部の反NWO系サイトでさえ、そんな喧伝をしている。

しかし、「反グローバル」だからといって、操られていないとは限らない。たとえば、「反ユダヤ」がしばしばシオニストに操られているように。

「影の政府」は昔からこういう自作自演が大得意なんですね。敵側をコントロールするためには、敵側の内部に潜り込めばいい。それどころか、一番いいのは、自分たちでその「敵」を作ってしまうことです。そして、あえて自分たちを批判させる。本当に批判されたくないことから、批判的観察者たちの視線を反らせるために。

だから、今回の反グローバリズム運動も、真のレジスタンスというより、巧妙にコントロールされたものかもしれない。クリントン程度を「巨悪」と錯覚させられ、攻撃させられる。そして、逮捕へ追い込み、勝利の美酒に酔う。しかし、それこそ、「そろそろ怒れる大衆のガス抜きが必要だろう」という、彼らの意図に他ならない。

これからFBIによってクリントン財団の“闇”が暴かれ、本当にヒラリーの逮捕へと至るのか、まだ分からない。トランプがその手前で止めるかもしれない。

しかし、仮にそういう運命になったとしても、それは“民衆の勝利”ではなく、クリントン夫妻をずっと操ってきた者たちの思惑通りに過ぎないと私は思います。

「ビルとヒラリーよ、今までご苦労だった。ところで、最後の役割を果たしてくれないかね。それはスケープゴートだ・・。何、嫌だって? おいおい、どこにでもいる程度の君たちを超大国の権力者の地位に就けてやったのは誰だと思っているんだ? これまで散々楽しい思いをさせてやったじゃないか。娘の将来が心配じゃないのかね?」

とか何とか・・。まあ、夫妻は少なくとも裏切り者ではないので、これは穿ちすぎかも。結局、逮捕までは至らず、人々の憎悪を買うスキャンダルどまりかと。

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