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私が未来を見た日

私は『トンデモ予言者大集合』(KKベストセラーズ)の「あとがき」の中で、「超常現象を全否定しているわけではない」として、次のように記した。

(前略)ここで怪しげなものを取り上げて野次馬的に笑ったり、批判しているからといって、私が頑迷な唯物論者・科学合理主義者とは限らない。いや、むしろ九五%の「まがい物」や「誇張された瑣末な真理」を除いたあとには、五%くらいの確かな真実があるとさえ思っている。たとえば、個人的な体験で言わせていただくと、私は今までに一度だけ完全な正夢を見たことがあるし、また幽霊らしきものも見たことがある。ここでその体験の詳細を記すスペースはないが、この時に自分が寝ぼけていたとか、幻覚を見たというふうには思っていない。つまり、先程「予知能力はない」と言ったばかりだが、自称「予言者」にその能力がないのは間違いないにしても、もしかしたら数万、数十万人に一人というような割合で先天的に本当に未来が分かる人がいないとも限らない。また、いわゆる「霊界」にしても、丹波哲郎氏の主張するようなものはまったく信じていないが、何らかの形で死後の世界があるのではないか、というのが私の偽らざる考えである。ただ、自分がはっきり確認できないこれらのことを「真理」であると言い触らす厚顔無恥さは、持ち合わせていないつもりだ。

(*傍線は現在の筆者による)

ここで述べたスタンスは、基本的に今でも変わっていない。

ただ、当時よりも知識や経験が増えた分、より本物とニセモノの区別がつくようになった。そして、オカルトとか超常現象と一括りにされているもの、又世間の常識から外れているとして嘲笑されているものの中に、ある種の真実があることも分かってきた。それは追い追い触れていくとして、今取り上げたいのは、この傍線部分である。

私は一度だけパーフェクトな正夢を見たことがあるのだ。その体験を今こそ明らかにしたい。ただし、それは、社会的な事件や、日本や世界の未来にとって重要なことを的中させたものではなく、私以外の人にとってはどうでもよい卑近な内容だった。

だから今まで、あえて公にしてこなかったが、本書では「予知夢を実際に見た」という事実それ自体が重要なので、以下にその時の経験を取り上げたい。

それは日本経済が絶好調だった1986年、私が高校二年の時だった。

その頃、一家は大阪と京都の真ん中あたりに位置する茨木市に住んでいた。当時の私は学校の勉強がいいかげんで、バイクに興味があった。だから、まず中型免許を取りたいと思っていた。幸い、先に免許を取った友人がいて、彼の案内で京都にあるバイクの教習所に通うことに決めた。12月に入ると、私は入学金を支払うため、友人を伴ってその教習所を訪れた。その時、ラウンジからコースの様子がよく見えた。ゼッケンをつけた何十名もの生徒たちが、教官の指示に従ってホンダの400ccを操っていた。その重量感あるメカニック、エンジンの唸る音、風を切る様子……私は心がはやるのを感じた。

さて、数日後。さっそく教習の様子が夢に現れた。ただ、それは教室の中であり、憧れのバイクを乗り回している場面ではなかった。私は椅子に座って学科講習を受けていた。周りを見回すと、知らない顔の人たちが座っていて、同じように授業を受けていた。

眼前に視線を移すと、大きなスクリーンが下ろされていた。そして、ある教習のビデオが映し出されていた。それを見た瞬間、私は「あれ?」と疑問に思った。なんと、そのスクリーンには「白い車」が映っていて、もっぱら「女性ドライバーによる自動車の運転教習映像」を流しているのだ。

私は夢の中で“授業を受け”ながら、しきりと首を傾げた。

(おかしいなあ…? これからバイクの教習を受けるはずなのに、なんで自動車の講習の映像が流れているのだろうか?)

もしかして教室を間違えたのか、あるいはバイクの免許をとった後に車の免許を取ろうとしている時の光景なのか? 私は夢の中で様々な憶測を働かせた。

もちろん、真相が分かるはずもなく、結局「変だなあ」という強い違和感だけが残った。そのせいもあり、私は起床後もこの夢の内容を詳細に記憶し続けることができた。

映像の意味が分かったのは、それから約2週間後、高校が冬休みに入ってからだった。実際に教習が始まって何日目かの学科講習で、私は総毛立つ思いをすることになる。

スクリーンが下ろされ、ビデオ映像による講習が始まった。いきなり“あの”白い車が登場した。そして、モデル役の“あの”女性ドライバーが周囲を入念に確認すると、その車に乗り込んだ。彼女はミラーで後方の確認をすると、次にウインカーを表示し…。

それはまさしく私が夢で見たままの光景だったのである。

マイクを持った教官が穏やかな口調で断った。

「どうして自動車の映像なんだろうと疑問に思う人もいるでしょうが、バイクと共通する内容の場合は、自動車講習用の映像を使うこともありますので、ご承知ください」

言うまでもなく、実際にプログラムが始まるまでは、事前に教室に入ったこともなければ、学科講習の内容について詳しい情報を得たこともなかった。

つまり、私は少し未来の光景をはっきりと夢の中で見てしまったのだ。こればっかりはたとえ天地がひっくり返ろうとも、錯覚でも何でもなかった。正真正銘、真実の体験であり、一切の嘘はない。文字通り「夢でも見たんだよ」とか「何かの思い違いだ」などと解釈する人もいるだろうが、この体験が事実であることは私が一番よく知っている。

以上、拙著『神々のアジェンダ』からの抜粋でした。

問題は、この体験から、「未来はすでに決まっている」と解釈していいのかどうかですね。また、実は多くの人が、夢の中で未来を見る経験をしていると思います。ただ、記憶するのが難しい。その中にはデジャブの元になっているものも多いと思います。私の場合、たまたま強い疑問が記憶のフックの役割を果たしたようです。実は、これは予知夢でないかと思える経験は他にもありますが、まだ実現していないので、確認できません。そっちは怖い話です。

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