今後ますます高まっていく急速充電器のニーズ

EV関連
出典:Business Insider




経済産業省が「世界に先駆けてEVを本格普及させる」という目標を掲げました。そのために、充電インフラの整備促進に約1千億円もの予算を投じるそうです。日経新聞の1月18日付の記事によると、急速充電器3万5700基、普通充電器7万4千基の導入を目指すとのことです。例の、前政権の「20年度までに急速充電器5千基導入」の“革新的戦略”に関しても、6~7年前倒しで実現するとのことです。

私がアゴラで散々主張してきたことが受け入れられたような気がして、喜んでおります。ただ、これに対してアゴラ内からはさっそく「税金のムダ使いだ」とする反発と、「数的にそんなに必要ない」とする声が上がっています。

物事の実像は、視点の異なる人々が様々な角度から論じることによって浮かび上がってくるので、そういう意味で、議論が活発になること自体は歓迎されます。

ただ、いかなる主張であれ、自己矛盾しているものについては、議論以前の問題と見なさざるをえません。

M氏の主張の矛盾

残念ながら、先のMさんの急速充電器が3.5万台も必要かという記事はその典型です。反対を唱えるM氏は、記事中でこうおっしゃっています。

急速充電器などの普及に500億円を使う予定のようですが、無駄なお金は使わないでいただきたい。急速充電器は現在の3倍程度でとりあえずは十分であり(略)提案

1・日産、三菱、トヨタなどのディーラーに急速充電器を設置し24h無料利用を義務化する。

2・すべての高速道路SAに必ず複数台の急速充電器を24h有料利用(現行100円)で設置する。

3・大型ショッピングセンター(イオン422店舗、イトーヨーカドー180店舗)に1店舗に付き複数台設置することに補助金を提供し出来れば無料利用とする。

4・観光地、レジャー施設の周辺または現地の道の駅(966箇所)、温泉施設に複数台設置することに補助金を提供する(リーフなどの休日ユーザーが嘱望する設備である)。(以下略)

以上の主張の何がおかしいか、説明しましょう。

「急速充電器は現在の3倍程度で十分」ということは、4千基強ということです。しかし、「提案」部分にある、約1千箇所の「道の駅」に複数台を設置しただけで、その数に届いてしまいます。ところが、M氏はそれ以外にも多数の設置場所を提案している。

つまり、「4千基強で十分でありそれ以上の整備は無駄である」と主張しながら、直後に自分でそれを破ってしまっているのです。

では、M氏の提案するその他の設置場所を見てみましょう。

A・自動車ディーラー(約1万8千店)

B・高速道のSA(PAを含めて約1200箇所――SAだけに置いてPAに置かないという選択は常識的にありえないでしょう)

C・ショッピングセンター(約3千箇所)

D・観光地、レジャー施設の周辺、温泉施設など。

M氏はA以外についてはいずれも「複数台の設置」を提案されています。そうすると、Dを除いてもちょうど3.5万台くらいの設置数になります。つまり、松元氏は実際には「補助金を使って3.5万台の急速充電器を設置せよ」と提案しているわけです。

ちなみに、温泉の研究機関によると、温泉施設の数は約2・2万箇所あるそうですから、結局、Dの提案も含めると、M氏は「補助金を使って10万台以上を設置せよ」と主張しているに等しいわけです。私や経済産業省をも凌駕する国策整備論者でしょう。

このように、論理的に破綻しているものに関しては、受け入れることはできません。

街中の急速充電器には大きなニーズがある

以上のように、M氏の記事は根本的な矛盾を含んでいますが、今回改めて取り上げるに至ったのは、それ以外にも読者にかなり誤った認識を植えつける可能性が危惧されるからです。M氏の主張は、基本的に「自分が急速充電器をあまり必要としないから他の人もそうに違いない」という、極めて自分本位な視点で貫かれています。M氏はこう主張されています。

10万台の電気自動車は10万箇所の普通充電器を設置していると考察して問題ないということです。それも基本的には夜間のみの充電が80%以上になると思われます。

問題ありです。都会のユーザーのことをすっかり失念している。みんなが車庫付きの一戸建てを所有しているわけではありません。一般駐車場や立体駐車場、賃貸マンションの車庫などを利用している人は、これからも普通充電器の利用が難しいです。共用部での電力消費を個人に付け替えるのは手続き的にもややこしいです。こういった都会のユーザーは、手っ取り早い充電方法として、街中の急速充電器のほうを当てにするでしょう。

逆にいえば、現在、このような充電の制約から、一戸建ての所有者以外はほとんどEVの購入に踏み切れないでいるのが実情ではないでしょうか。つまり、街中の急速充電器が整備されると、都会のマンション族にとって一挙にEVのハードルが下がるわけです。

また、今後は夜間充電の役割も低下します。具体的には、走行距離を500キロに伸ばすと、バッテリーは50kWh台になります。すると、自宅の普通充電ではとても追いつきません。それゆえ、「現在、EVは家庭や職場で充電する比率が高いが、今後は街中での充電が日常化する予測も織り込む必要がある」と、私は前回の記事でも触れました。

そもそもなぜこの水準の電池容量が必要かというと、走行距離の問題もありますが、ある意味、ユーザーの命を守るためでもあります。とりわけ、電力消費を加速させる寒冷地での車内暖房は死活問題です。仮に真冬の暖房使用中に渋滞に嵌ったら、命に関わります。「飛べない豚はただの豚だ」というセリフがさるアニメ映画でありますが、真冬に電気のないEVは“タイヤ付きの棺おけ”です。これは真夏でも同じことで、老人や病弱者だと、車内で熱中症になりかねません。こういったリスクをでるだけ下げる意味でも、車載バッテリーは強化していかねばなりません。

だいたい、わずか数時間の走行で電欠するようでは、やはり自動車としての基本的性能に届いていないと言わざるをえません。M氏のように走行距離は100キロ程度で十分だという人は、単にその人の個人的なライフスタイルに過ぎません。

急速充電器はその利用の80%以上がレジャーやショッピング目的と限定して間違いありません

これもダウトです。たとえば、1500万台のトラックはどうするのか。ただでさえ荷物を積むと重量が増し、電気の消費が早まります。その上、長距離を走るのが仕事です。トラックのHV化は始まっています。街中の急速充電器が整備されていないと、とてもトラックの電化には対応できません。私が幹線道路沿いでの普及にこだわる理由の一つがこれです。既存のガソリンスタンドに代わる「ストリート充電」がどうしても不可欠です。

また、EVだけでなく、PHV需要も想定しなければなりません。繰り返しますが、PHVは電気自動車です。

おそらく、経費の中でランニングコストが占める割合の多い営業車両は、頻繁に急速充電器を利用するようになるでしょう。数が足りないと、タクシーや配送用トラックがいつも充電器前を占領してしまうことにもなりかねません。

以上のよに、M氏の主張は出発点から間違っていると思います。要するに、EVユーザーとは、一戸建ての所有者であり、ほとんど通勤にしか車を使わないような人たちだ、という思い込みがある。実際には、そういう人たちの市場がいかに小さいかということを証明したのが、日産リーフの失敗ではないでしょうか。前提を間違えると、結局、結論も間違えます。走行距離がたかだか100キロ程度のEVで、街中の急速充電器が少ない中でもとくに走行に支障がないというのは、Mさんのマネジメント能力の高さを表しているのであって、一般化するには難があります。

私を含めて、普通のユーザーは、もっと行き当たりばったりであり、街中で気軽に充電できる設備がないと、怖くてEVは買えません。

しかしながら、以上のような欠点を注意深く取り除けば、一ユーザーの体験談ということで、M氏の話はとても重要といえるでしょう。ただし、そういった体験談をブログなどで公表している人はすでに多く、M氏とはまったく正反対の結論を主張する人もいます。

やはり、様々な意見を勘案して社会全体としてのニーズを探ることが重要です。

2013年01月31日「アゴラ」掲載

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