「アベノミクス」という一時的なカンフル剤の効果が限界に来たようだ。昨年、中国株が暴落し始めたと思ったら、今年に入って世界的に株式市場が不安定化している。日銀は「マイナス金利」なるものを導入し、他方で国の借金は1兆円をゆうに超えて記録更新中。
このように日本経済は未知の領域へと突入しているわけだが、財政のほうは大丈夫なのだろうか。実は、財務省は旧大蔵省時代から専門の部署を設け、財政破綻とその後の対策をシミュレートしていると言われる。だから「その時」に「何をどうするか」という対策はすでに存在しているらしい。もちろん、私も含めて普通の市民はそんな極秘研究の内容は知らないし、当然、関わっている学者にもかん口令が敷かれていると思われる。
ただ、ある程度の推測は可能だ。一つの方法は過去の事例を参考にすることである。しかも、その事例は政府が国民の私有財産権を踏みにじったトンデモない暴挙なのだ。
■私有財産没収と企業債務踏み倒しの超強行策
終戦直後、総力戦を行った日本政府は莫大な対内債務と、インフレ・歳出超過などの財政問題を抱えていた。そこで大蔵省内に急きょ専門家が集められ、対策が検討される。
1946年2月、政府は突如として「新円切り替え」と「預金封鎖」を実施した。これは戦後憲法の公布前、つまり主権回復前だが、実際には大蔵省発で、GHQの裁可を得て強行した施策だった。当時はGHQの命令ならどんなことでも可能だったのだ。
この措置は分かり易く言うと、政府が新円を発行し、一定期間後に旧円を使えなくする方法だ。両者の交換は銀行以外できなかった。しかも、預金引き出し額に極端な制限が設けられ、人々が実質生活資金以外は引き出せないようにした。やがて「期限」が来て大量の旧円が無効化してしまった。つまり、換言すれば、政府は莫大な旧円の預貯金もろとも旧円債務を帳消しにしたのだ。当然、旧円の所有者(現金資産家)ほど大損をした。
ちなみに今日、「預金者保護」と称して「ペイオフ」方式が喧伝されている。これは銀行が破綻した場合、「預金保険機構」なる機関から預金者に対して1千万円までは保証しましょうという仕組みのことだ。だから、極論すれば、預金が1千万円以下の庶民は、銀行が潰れても全額救済されるが、預金が1億円の金持ちは9割が戻ってこない可能性があるわけだ。これが富裕層ほど「預金封鎖」を恐れる理由でもある。
また一方、預金封鎖とほぼ時を同じくして臨時財産調査令を施行し、全国民に個人資産を強制申告させた。これには戦時利得の没収というGHQの思惑もあったという。そして同年11月、財産税法が施行される。これは極端な累進課税制で、あからさまに富裕層を狙い撃ちにしたものだった。たとえば100万円から150万円までの資産に対しては70%の税率が課せられ、1500万円超の富裕層に対しては最高税率90%が適用された。
以上の「預金封鎖」と「財産税」の二つの施策により、戦前の富裕層は華族を含めてほとんど没落してしまったと言われている。
さらに「戦時補償特別措置法」も施行された。当時、政府は1千億円超もの債務を軍需産業・金融に対して抱えていた(*参考までに1944年時の歳出が約860億円で、うち軍事費は85%)。戦時利得を認めない連合国の方針もあり、なんと政府は補償額に対して100%の税を課した。分かり易くいうと、「○○製造さんには戦時中の弾薬代として1億円をお支払いしますが、ただし税金も1億円ですよ」という話だ。企業にしてみれば全額踏み倒されたのと同じことである。こんな冗談みたいな措置が本当に強行されたのだ。
■デジャヴ――いつか来た道
戦争中、日本政府は増税に次ぐ増税を行い、国債を乱発した。しかも、それを日銀引き受けにして戦費を賄った。「戦争に勝ちさえすればすべてが報われる」という考えだったのだろうが、結果は膨大な人命を犠牲にした無残な敗戦だった。終戦後、政府は戦時中の債務をすべてチャラにした上、国民の預貯金に手をつけ、富裕層の資産を実質強奪した。
つまり、「国民の犠牲」は戦争中だけではなかった。戦後もまた「経済的な犠牲」を強いられたのである。まさに「007は二度死ぬ」ならぬ「国民は二度殺される」だ。
ただし、ある意味、この暴挙ともいえる方法によって、戦後の日本が復興の道筋をつけたのもまた事実のようだ。だから、戦後政策の評価は、そう簡単ではない。ただ、すべては無謀な戦争のツケであることだけは確かといえる。
さて、財務省がこの終戦直後の強行策に興味を示し、検討していると、週刊誌等で報じられたのはもう十年も前のことだ。当時は新札への切り替えもあり、改めて「新円切り替え」と「預金封鎖」が注目を浴びた時期である。今また密かに囁かれ始めている。しかも今ではマイナンバー制度が施行され、タックスヘイブンという抜け道も潰されようとしている(*報道によると2017年に世界的な防止策が導入される予定)。つまり、個人・法人を問わず、あらゆる私有財産は国際的に税務当局に把握されて、逃れる術はなくなる。
今日、富裕層と庶民の極端な格差がクローズアップされているが、実際には経済システムのフレーム内にいる富裕層は、法律一本で意外なほど簡単に「刈られる」ことが分かる。
ところで、数年前、国・地方の合計債務が対GDP比で200%を超えた。
これは終戦一年前の状況とほぼ同じである。
2016年9月20日「トカナ」掲載
(*題名・見出し等は少し変更してあります)
(付記)
ところで、この記事は「フリー座」のほうにもアップしていました。
反響のこの程度↑です。でも同じ記事が「トカナ」だと、大反響。いったい、どーなっているんでしょうか(笑)。
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